この記事は2023年に投稿するつもりだったが、、、諸事情で後回しにしてしまい、せめて安倍の三回忌、すなわち2024年7月8日までに書き終えようと思っていた。しかしすっかり忘れちまって、もう2025年も年の瀬だよ。
それにしてもなんで死んでから満2年が三回忌なんだろ?満1年だと一周忌だろ、じゃあ二回忌は?そりゃともかくさ、多分、3年も経つと、「早く片付いてくれてよかったw」的な、めんどくささが出てくるし、だからまだ遺族に故人への思いが残っているうちに、やることにしたんじゃないかな。お寺が儲けるためにw
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2025年12月11日
2025年10月30日
2025年 花岡現地闘争B ソロフィールドワーク → 信正寺慰霊祭(noteに転載済)
この記事はnoteに転載済。先にブログに書いておいたほうが便利かなって思って。いろいろ試してみる。
7月1日は午後から、石飛仁さん主催の信正寺慰霊祭。石飛さんは花岡蜂起7月1日説を支持するので、毎年信正寺で2日続けて慰霊祭が行われている。
午前中、皆さん資料整理など忙しく、暇な俺はちょっと大館郷土博物館まで車で運んでもらった。ちなみに何度も花岡に行ってるのにレンタカーの運転を要請されたことはない。いつもツイッターやブログで、車庫入れ何回もやり直して結局バンパー凹ますほど運転下手なクセに飛ばすし、また捕まった、今度は事故った、など書き散らしてるせいかな?バイクの運転も相変わらず下手っピだね。未だにコンビニの駐車場で1速のまま出るときなどガックンガックンしちゃうし、それどころか取り回ししてて倒しそうだし。この日の午前中はソロツーリングならぬソロフィールドワークに決起したぞ!
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7月1日は午後から、石飛仁さん主催の信正寺慰霊祭。石飛さんは花岡蜂起7月1日説を支持するので、毎年信正寺で2日続けて慰霊祭が行われている。
午前中、皆さん資料整理など忙しく、暇な俺はちょっと大館郷土博物館まで車で運んでもらった。ちなみに何度も花岡に行ってるのにレンタカーの運転を要請されたことはない。いつもツイッターやブログで、車庫入れ何回もやり直して結局バンパー凹ますほど運転下手なクセに飛ばすし、また捕まった、今度は事故った、など書き散らしてるせいかな?バイクの運転も相変わらず下手っピだね。未だにコンビニの駐車場で1速のまま出るときなどガックンガックンしちゃうし、それどころか取り回ししてて倒しそうだし。この日の午前中はソロツーリングならぬソロフィールドワークに決起したぞ!
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2025年10月20日
2025年 花岡現地闘争A 6月30日慰霊式と講演会(noteより転載)
非常に遅くなったが花岡を訪れた話の続き。noteより転載。ちょっといろんな用事(旅行とか、山奥のとある一軒家で草刈りとか。ブログに書くのめんどくさい)のせいで疲れちゃって、noteもブログも更新できなかった。暑すぎるからバイクはあんまり乗らなかった。房総半島の南端を一回りしたのが唯一のツーリングかな。
6月29日はビジホにチェックインしてから一同集合(もちろん花岡和解に批判的な皆さんだけ)、居酒屋で打ち上げ。一人ずつ自己紹介、東アジア反日武装戦線の支援連の人たちの集会にたまに行きますって言ったら、初めてお会いした方に共通の知り合いがいることが判明。世間は狭いね?
中核派の人たちとの付き合いが一番多いことは言わなかった。引かれるから。サヨクの世界じゃ中核派はエンガチョだからな。それにしても中核派はどうなっちゃっうんだろうね?旅行中にツイッター見てたら、何だかわけわかんない話とわけわかんない憶測ばかりで、わけがわかんないよ!
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6月29日はビジホにチェックインしてから一同集合(もちろん花岡和解に批判的な皆さんだけ)、居酒屋で打ち上げ。一人ずつ自己紹介、東アジア反日武装戦線の支援連の人たちの集会にたまに行きますって言ったら、初めてお会いした方に共通の知り合いがいることが判明。世間は狭いね?
中核派の人たちとの付き合いが一番多いことは言わなかった。引かれるから。サヨクの世界じゃ中核派はエンガチョだからな。それにしても中核派はどうなっちゃっうんだろうね?旅行中にツイッター見てたら、何だかわけわかんない話とわけわかんない憶測ばかりで、わけがわかんないよ!
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2025年08月20日
筑波サーキットの「コース1000」を走りました
2025年08月05日
2025年08月03日
2025年08月02日
2025年 花岡現地闘争 @「七ツ館事件とその背景」(noteより転載)
この記事はnote より転載。
今後は政治・社会問題、歴史認識問題、デモや集会などについての記事は、まずnoteに投稿し、こちらにも転載することにする。気が変わるかもしれないが。こちらに転載する際には、デモの打ち上げで飲みすぎた、などという個人的な思い出も載せるかもしれない。同時に、毎度の下品なネットスラングを用いた文体に戻すかもしれない。一人称については「俺」「私」を混在させてしまっているが、まあこれは気分次第で。
2025年6月29日から3日間、秋田県大館市に滞在し、花岡事件の慰霊式、集会、フィールドワークなどに参加した。noteに3つに分けて投稿するつもりだが、まだ1つ目を投稿しただけ。その1つ目をこちらに転載した。
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今後は政治・社会問題、歴史認識問題、デモや集会などについての記事は、まずnoteに投稿し、こちらにも転載することにする。気が変わるかもしれないが。こちらに転載する際には、デモの打ち上げで飲みすぎた、などという個人的な思い出も載せるかもしれない。同時に、毎度の下品なネットスラングを用いた文体に戻すかもしれない。一人称については「俺」「私」を混在させてしまっているが、まあこれは気分次第で。
2025年6月29日から3日間、秋田県大館市に滞在し、花岡事件の慰霊式、集会、フィールドワークなどに参加した。noteに3つに分けて投稿するつもりだが、まだ1つ目を投稿しただけ。その1つ目をこちらに転載した。
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2025年06月20日
ブログのタイトルを「不条理日記」から「記憶の断片」に変更しました
この度、ブログのタイトルを「不条理日記」から「記憶の断片」に変更しました。
なぜ今更タイトルを変えるかというと、まず、「不条理日記」を名乗りながらも、全然「日記」になっていない!ブログ始めた当初は気になるニュースを毎日貼り付けていたが(ツイッターでニュースをツイートするような感覚で)、いまでは、ひどい時は更新は3ヶ月にいっぺんだ(笑)
それに「不条理日記」という、吾妻ひでお先生の名作と同じタイトルを用いながらも、吾妻作品をリスペクトするような記事をほとんど書いていない!これは非常に申し訳ない。
というわけで、なんとなく「記憶の断片」というタイトルにしてしまいました。自分の体験全てを書き留めるつもりはない。断片的な記憶を、気まぐれに時系列バラバラに書き散らす。人々が綴る記録を、気まぐれに時系列バラバラに取り上げる。これらの断片的な情報の中に関連性を見出す。
そして、社会の構造に迎合する人々と、あきらめず闘っている人々と、自分はどう向き合うのか?自分の体験と重ね合わせてますます厭世的になり、しかも、平和や人権を言う以前に、人間として生まれたこと、それ自体の絶望の中で立ちすくみ、愚痴ばかり悔恨ばかり並べるのか?そういうブログも楽しいかもしれないが、せめて抗う姿勢を示すべきではないか?闘う気は無いのか?
そのように悩みつつ、あっちこっちにフラフラするブログになるかも、と思っています。単純な趣味の話が多くなるかもしれません。趣味って楽しいですね、お金はかかるけど。
ところが「記憶の断片」という、某有名作家の随筆集があるらしいですね。このタイトルに決めてから知りました。またタイトル変えるかもしれません(笑)
ちなみに note も始めたんでよろしく。
それではまず、2024年の夏以降、印象に残っていることだけを選んで、書き散らしていきますね。バイク関連その他を。
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なぜ今更タイトルを変えるかというと、まず、「不条理日記」を名乗りながらも、全然「日記」になっていない!ブログ始めた当初は気になるニュースを毎日貼り付けていたが(ツイッターでニュースをツイートするような感覚で)、いまでは、ひどい時は更新は3ヶ月にいっぺんだ(笑)
それに「不条理日記」という、吾妻ひでお先生の名作と同じタイトルを用いながらも、吾妻作品をリスペクトするような記事をほとんど書いていない!これは非常に申し訳ない。
というわけで、なんとなく「記憶の断片」というタイトルにしてしまいました。自分の体験全てを書き留めるつもりはない。断片的な記憶を、気まぐれに時系列バラバラに書き散らす。人々が綴る記録を、気まぐれに時系列バラバラに取り上げる。これらの断片的な情報の中に関連性を見出す。
そして、社会の構造に迎合する人々と、あきらめず闘っている人々と、自分はどう向き合うのか?自分の体験と重ね合わせてますます厭世的になり、しかも、平和や人権を言う以前に、人間として生まれたこと、それ自体の絶望の中で立ちすくみ、愚痴ばかり悔恨ばかり並べるのか?そういうブログも楽しいかもしれないが、せめて抗う姿勢を示すべきではないか?闘う気は無いのか?
そのように悩みつつ、あっちこっちにフラフラするブログになるかも、と思っています。単純な趣味の話が多くなるかもしれません。趣味って楽しいですね、お金はかかるけど。
ところが「記憶の断片」という、某有名作家の随筆集があるらしいですね。このタイトルに決めてから知りました。またタイトル変えるかもしれません(笑)
ちなみに note も始めたんでよろしく。
それではまず、2024年の夏以降、印象に残っていることだけを選んで、書き散らしていきますね。バイク関連その他を。
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2025年04月30日
イスラエル国を解体するには、まず我々が・・
2024年6月1日、文京区民センターにて「5・30リッダ闘争 52周年記念集会」が行われ、パレスチナ問題の研究を続ける東京大学名誉教授・板垣雄三さんの講演に続いて、重信房子さんと足立正生さんを交えた討論が行われた。板垣さんの発言と当日配布のレジェメから少しだけ引用する。
1971年のある日。既に板垣さんはパレスチナ問題についての高名な研究者だったが、3人の学生が板垣さんを訪ねてきた。彼らは「ベイルートで生活するために必要なことを教えてほしい」という。何かを直感した板垣さんは、彼ら3人の容貌など極力記憶に留めないようにしつつ、「現地社会を理解するように」などと諭したという。
翌年5月、「鹿児島大学の学生の・・・」というニュースに接し、やはりあの3人だったのか、と思ったそうな。つまり板垣さんを訪れた学生たちが、リッダ闘争(俗に言うテルアビブ空港乱射事件)に決起した3人だった・・・。
以上の心温まるエピソード(笑)はさておき、
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1971年のある日。既に板垣さんはパレスチナ問題についての高名な研究者だったが、3人の学生が板垣さんを訪ねてきた。彼らは「ベイルートで生活するために必要なことを教えてほしい」という。何かを直感した板垣さんは、彼ら3人の容貌など極力記憶に留めないようにしつつ、「現地社会を理解するように」などと諭したという。
翌年5月、「鹿児島大学の学生の・・・」というニュースに接し、やはりあの3人だったのか、と思ったそうな。つまり板垣さんを訪れた学生たちが、リッダ闘争(俗に言うテルアビブ空港乱射事件)に決起した3人だった・・・。
以上の心温まるエピソード(笑)はさておき、
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