2006年02月21日

【日本政府が強制徴用前にも人力管理に介入】

このニュースは昨日の朝日夕刊にも掲載された(例によってアサヒ・コムでは見つかんなかった)。
朝鮮総督府から「産業戦士諸君」に宛てた、日本語にハングル語のルビ?を打った読みづらい手紙で、「諸君は兵隊と一緒に戦をしているという心構えで一層まじめに働くことを祈っております」などと檄を飛ばしている。
また契約が満了になっても「どうしても帰らなければならない特別の事情のない限り再契約して引き続き働く決心をしていただきたい。今の仕事を続けることが立派な皇国臣民」と書いている。事実上の期間延長の強制に他ならない。労働契約なんぞではなく奴隷的拘束であったことがよく分かる。

日本政府が強制徴用前にも人力管理に介入
日本政府の主張とは違って、1944年の強制徴用前にも、日本で働いていた韓国人労働者の管理に、日本政府が深く介入していたことを立証する文書が、第87周年3・1節を10日後に控えて発見された。
日帝強占下強制動員真相究明委員会は19日、「朝鮮総督府が1941年、北海道の三井砂川炭鉱で働いていた韓国人労働者たちに、帰国せずに働くように再契約を促す手紙を入手した」ことを明らかにした。
日本政府は、強制徴用以前に日本に渡った韓国人労働者は、日本企業と自発的に契約し、政府レベルで管理しなかったため、韓国人労働者の被害に対して責任はないと主張してきた。
日本政府が、1939〜1943年、日本の炭鉱などで働く労働者を募集・斡旋する過程で暴力を振るうなど、強制動員を示唆する資料が発見されたことはあるが、彼らの労務管理に直接介入した事実を立証する文書が発見されたのは、今回が初めてだ。
朝鮮総督府の名義で1941年10月1日に発送された同手紙は、「1939年に日本に行った労働者は、契約期間が終わることになったが、再契約を結んで働き続けることが立派な皇国臣民になる道だ」という内容を含んでいる。
また、同手紙は、北海道炭鉱などでしばしば発生した韓国人労働者の無断離脱や労働争議を自制することを促し、韓国の家族を日本に移住させることを勧めている。
韓国人労働者家族の日本移住は、1941年に日本内務省警保局(警察庁に該当)が、日本企業に指示した政策だ。
真相究明委は、「朝鮮総督府がこれについて言及したことは、日本政府と朝鮮総督府、日本企業が密接に協議して、労働者を管理していたことを示すもの」と説明した。
同手紙は、1940年から三井砂川炭鉱で働き、1942年に事故で死亡した李鳳玉(イ・ボンオク、死亡当時34歳)氏が保管していたもので、遺品とともに遺族に伝えられた。李氏の息子の英洙(ヨンス、72)氏は最近、同手紙を真相究明委に送った。
真相究明委の韓恵仁(ハン・ヘイン)調査官は、「日本政府が強制徴用前に韓国人労働者の募集、斡旋、送致と管理に介入したという事実が立証されたことによって、韓国人の強制動員に対する日本政府の責任範囲が拡がり、被害補償訴訟も活発になるものと期待される」と述べた。



この「強制連行」というカテゴリーをご覧になるにあたって、以下のページも参考にして頂ければ幸いです。

・公的資料に見る朝鮮人強制連行の実態

・強制連行された朝鮮人の逃亡


(ついでにこちらの過去ログも)三菱重工で働かされた朝鮮人への賠償を命じる判決――――「徴用」という名目の拉致
posted by 鷹嘴 at 11:06 | TrackBack(0) | 強制連行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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