正直なところ俺は、どうせひどい映画だろうと思って観てから批判しようと思ってたけど、東京で次々と上映が中止されて困ったよ。実際に見なければ批判も出来ねえじゃねえか。本当にウヨって馬鹿だな(サヨにもそういう馬鹿はいるけどね)
公開前から非常に物議を醸してきた映画である。クジラを食って何が悪いんだ、イルカだって食いたきゃ食っていいだろう・・・っていう反発も、言われてみりゃその通りだわな。悪いけどクジラやイルカが可愛そう、という感情論にはいまいち共感できない。たぶん、欧米人にとっちゃクジラやイルカは、日本人にとっての犬猫やパンダのようなポジションなんだろう。
そりゃイルカが血を流しながら浜辺をのた打ち回るのを女性が目撃して涙ぐむシーンは同情しそうになったし、“Cove”(入り江)がイルカの血で赤く染まるシーンは目をそむけたくなりそうが、牛や豚や鶏の屠殺作業を見ても同じような感情を抱くかもしれない。
■ ところが、涙ぐむ女性はイルカの断末魔とは別に撮影されたという。いわば“ヤラセ”だ。しかも、現在では海面が赤く染まるような漁は行われていない、らしい。
(太地町漁協)_「映像は昔のもので2年前からイルカが苦しまない方法で行っている。スタッフは現在のやり方も知っているのに自分らの都合のいいように取り上げている」(引用元)
(地元の漁師)「今は船上で処理するから血は海に流れない」(引用元)
だとするとあの衝撃的な映像はぜんぜん過去のフィルムなのだろうか?
また、何度も出てくる水産庁の役人は、この映画の英語版では“Fired”、つまり解雇されたことになっているがどっこい在職中である。この辺のところはウィキに書いてある。
それに、あるイルカ肉のサンプルは水銀濃度2000ppm、という数値が示され、ご丁寧にもエンドロールで「サンプルによってバラつきがあります」などとフォローしてあったが、かつての測定データと比較すれば単なる測定ミスと思われる。
「鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について」によれば、ハンドウイルカ(紀州沖)の筋肉からは「平均21 最小1.0 最大37」、肝臓からは「平均416 最小9.3 最大870ppm」の総水銀が検出されたという。つーかイルカの肝臓なんて食うのか?
■ こういう問題だらけの映画なのだが、日本側・太地町側の姿勢にも疑問を感じる。
なぜイルカを屠殺する“Cove”を隠すのだろうか。「イルカが苦しまない方法で行っている」のなら、「船上で処理するから血は海に流れない」のなら、どんな方法なのか見せて欲しいものだ。それに苦しませない方法とはどんなものか?血を海に流さなくとも血抜きは必要だろう?だいたい野生動物を殺して食肉加工しているんだから、どんな方法だとしても「残酷」という批判を受ける可能性があるではないか?臆せず堂々とやればいいではないか?
それに日本側の要請を受けて(日本上映版では)太地町の漁師・町民らの顔をぼかしたそうだが、恥ずかしいことをしているのでなければそんな要求をすることはないだろう?まるでテレビのドキュメンタリーで見る犯罪者のような、不気味な印象を与えてしまっている。
■ また、以前から指摘されていたことだがイルカ肉の多くは「鯨肉」として販売されているという。もちろんイルカ漁が行われている太地町(参考)や、静岡県の一部スーパー(参考)では正直に「イルカ」と表示されている場合もあるらしいが。
太地町で獲れるイルカ肉を「クジラ」と偽って全国各県の小学校の給食に届けよう、という計画もあったらしいが、水銀汚染の害を懸念する二人の町議の反対によって中止されたという。
たしかにクジラorイルカなんて人間が体の大きさによって便宜上に呼び分けているだけだが、大海原で潮を噴き上げる哺乳類か、水族館で芸を仕込まれている哺乳類か、消費者に対し明示する程度の義務はあると思うのだが。なぜ、イルカの肉をクジラと偽って売るのか?そもそもなぜ、クジラを食わなくてはならないのか?
大部分の日本人は、イルカが食用として流通していることなど知らない。しかし、かつてこの国では大規模な捕鯨が行われ当たり前のようにクジラ肉を食べていたことは知っている。IWCの規制を受けないイルカ肉をクジラ肉と偽って流通させれば(まあ味も似たようなもんだろ?)クジラ肉への関心を集めることが出来るだろう。実に賢い?やり方だ。
■ そしてこの映画は日本の捕鯨について「古典的な帝国主義」だと喝破する。クジラを食って何が悪い、欧米にイチャモンつけられたくない、という感情論が支配しているというのだ。
たしかに、クジラ肉が日本人の食生活に欠かせないものだから漁が行われる、というわけでなく、国民にそのように思わせたがっている連中が無理矢理続けているだけだ。
日本人は昔からクジラを食ってきたんだ、これからも食い続けるんだ、という下らないナショナリズムが支配しているのである。いわば安っぽい宗教である。北の某国が将軍様を崇めているようなもんだ。中国の漢族が「チベットは中国の固有の領土だ」と言い張って譲らないようなもんだ。悲惨な戦禍に見舞われても未だに天皇なんぞを祭り上げているのと同じだ。「アメリカは日本を守ってくれている」と信じて疑わないのと同じだ。ちょっと違うか?(それにしても捕鯨を批判されると反発するのにアメリカの軍隊を押し付けられていることに怒りを感じないとは如何なる精神構造だろうか?)
この映画の主題というか目的はイルカ漁をやめさせることのようだが、いくら「イルカを殺すのは残酷だ」と言われても、一般の日本人に訴えかける力は弱いだろう。しかしイルカ漁の欺瞞性の指摘には沈黙せざるを得ない。クジラやイルカを殺して食うのが悪いとは思わないが、必要な量以上に殺しているのではないか?クジラだと偽って販売されるのならイルカもうかばれない。調査捕鯨という名目で殺されたミンククジラも冷凍庫に積み上げられるだけではうかばれない。単なる殺生だ。
もちろん、太地町のイルカ漁に地元の需要があるのなら続ければいい。全国に販売したいのなら営業努力すればいい。正直に「イルカ」と表示して売り込めばいい。売れないだろうけどな。居酒屋のメニューで「クジラ」という文字を見ることはあるがイルカなんて見たことも無い。だから体長2m〜4m程度の生物の肉を、体長30mにもなる生物の肉と偽り販売するのだ。
まあ俺はイルカだと分かっていても、たまには食ってもいいけどな。子供や妊婦は控えた方がいいだろうね。やっぱ水銀が体内に溜まっていくみたいだから(参考)。
■ 余談だが、欧米人のイルカに対する感情は、マリンパークのイルカショーやテレビ番組「フリッパー」などによって育てられたと思われる。殺して食っちまうより狭い水槽で芸を仕込む方がよっぽど残酷だと思うけど。シャチだって暴れだすくらいだからな。太地町はイルカショーのためのイルカも世界各地に輸出しているらしい。
この映画に出てくるリックというオッサンもかつてイルカの調教師で、「フリッパー」に出てくるイルカを調教したこともあるが、イルカに芸を仕込んだりするのは残酷だと悟り、ああいう活動家になってしまったそうな。
もしもイルカに芸を仕込むのが流行らなければ、欧米人にとってもイルカは単なる哺乳類の一種であり、東の果ての島国でイルカを殺していてもなんのニュースにもならなかったかもね。
ところでこのオッサン、世界のあちこちでしょっちゅう逮捕されてるそうで、「何回逮捕されたの?」と質問されて「今年のことか?」と聞き返していた。彼にとっちゃ逮捕されるなんぞ毎度のこと、完全黙秘・非転向の闘いを続けてるんだろうな。自称活動家(笑)の俺にとっては実に尊敬に値するオッサンである。
まあ、それが下らないかどうかは主観の違いでしかないから何とも言えないけど。
自分はウヨでもサヨでもないノンポリのつもりだけど左翼の持ち出す社会正義じみた考えもカトリックの正義みたいでちょっと気持ち悪い。なんというか一段階上から社会全体を見下してる感じがするのよね。本人達がどう思ってるかは知らないけど第三者から見るとそんな感じ。
比較的中道に近い右翼(というよりアンチ左翼)は結果的に左翼が作り出しているような気がする。
ちなみに極右はただのキ○ガイだと思ってます。