【追記のお知らせ 2017年4月9日】
 記事「【5月7日】雁屋哲さんの講演+井戸川克隆さんと対談」に、「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」から福島現地での鼻血の症状についての報告例を引用しました

2006年06月08日

皇族に人権なし!

まずは「昭和天皇の終戦史」(岩波新書257)P-32より引用。
終戦直前の1945年8月10日、宮内庁は「東宮」(当時の皇太子、つまり今の天皇)関係の事務を、今まで属していた「皇后宮職」から分離し、新たに「東宮職」を設置することを発表した。
さらに翌日の各紙には、当時11歳の皇太子明仁の写真が唐突に掲載され、朝日新聞には「天秤の御資質ますますかがやかにあらせられる。御健康もいよいよ勝れされ給い、ことのほか御立派に御成長の御由である」というコメントが添えられた。
この時既にポツダム宣言の条件付き受諾が御前会議で決定されていた。終戦後昭和天皇の戦争責任が追及され退位を余儀なくされる場合、明仁を即位させることになるだろう。「これら一連の措置」は、事前に国民に明仁即位の可能性を匂わせておくべきだという配慮から出たものではないか・・・と、著者の吉田裕氏が推測している。

しかし、明仁が実際に即位したのはそれから44年後の1989年だった(明仁の個人データを参照のこと)。1933年生まれの明仁は既に55歳、世間一般では定年後の生活を悩み始める歳である。記憶は定かではないが即位した頃はすでに白髪頭のお爺ちゃん、という印象があった。
それから17年、72歳という年齢よりも老け込んで見える明仁は、6月8日からシンガポール、マレーシア、タイを訪問し15日に帰国予定だという。(随分キツイ日程のようだが、なんなら俺が代わりに行ってもいいぜw)
天皇という職業に定年はない。寝たきりになるまで連れ回されるのである。下々の者がそれを憐れむなど畏れ多いことである(笑)前フリが長くなったが、週刊新潮2/23号(職場のゴミ捨て場で拾ったw)に、面白い記事があった(P-33〜34)。

自民党の衆議院議員・太田誠一が今年2月9日の党内派閥の総会で、「皇族に人権なし!」と語ったというのである。
「多くの人々が、皇族の方々には自分たちと同じような人権があると勘違いしている。しかし、そもそも出生をされた時から、どのような生活をして、どのような任務をされるか決まっている方だ。基本的な人権を保障された我々とは違うと踏まえて議論しなければならない・・・」
こいつは以前スーパーフリーの事件の時に「集団レイプをする人はまだ元気があるからいい」とほざいたアホである(参考)。皇族に対するこの発言は各紙とも報道しなかったが、その理由は「また放言癖か」と相手にしなかったらしい・・・というのが週刊新潮の説明。実際、皇族に人権が存在しないのは見たとおりであるが、週刊新潮としては聞き捨てならない放言だったらしい。
では、太田代議士の「皇族に人権がない」発言は正確なのか。日本大学法学部の百地章教授(憲法学)がいう。
「確かに、皇族は参政権や信教の自由、職業選択の自由などで人権に制約を受けています。しかし、一切適用されないわけではなく、人間の尊厳や個人として尊重されることは保障されている。人権がないと言い切って、人格を否定しているように受け取られては大変です」
本人に伺うと、事実を述べただけと言うばかりで、発言の真意はわからずじまいである。政治センスの有無だけはハッキリとしたのである。
たしかに太田誠一という男に“政治センス”は無さそうだが(笑)、皇族の人間には人権がない、という指摘は正しいと思うぜ?
天皇を筆頭にした皇族の連中は、いつでも日本中(時には海外も)連れ回され、常に笑顔で応対することを強制されている。それだけでなく自由に歩き回ることも、政治的な意見を述べることも禁止されている。
しかも上野のパンダじゃあるまいし子孫を設けることを強制されている。昔のように「側室」を設けることも許されず、古女房相手にせっせと励むのである。そもそも愛人を作ることなど許されていない(笑)。逆の立場から言えば、ダンナの元気がなくても自分が責められるのである。もちろん近世以前のの王家や諸侯のように養子を取ることも行われない。これらは天皇家の血統を守ろうという時代錯誤がもたらしている悲劇なのである。彼らには子供を作らない、という自由すらないのである。
だいたい、皇族から抜け出すことも許されていないではないか?これほどの人権侵害も珍しいと思う。皇族とは天皇制を維持するための奴隷なのである。
“政治センス”の無い太田という男はこの本質を捉え、皇族の人間は日本国が飼育する忠実なペットでなければならず、彼らの人権について語るなどもってのほかだ・・・と、思わず口を開いてしまったのだろう。
これは週刊新潮や日大の某教授にとっても同じ立場のはずだが、事の本質を指摘されたことに反発したくなったのだろう。愚かな国民どもは皇族という奴隷たちを崇め続けなくてはならない。これが天皇制というシステムなのである。
しかし明仁にせよ美智子さんにせよ、ヨボヨボの年寄りになっても使いまわされている姿は思わず涙を誘う。ウヨクの連中はどう感じてるんだろうかね?


・・・余談だが、同じ号のP-178〜182は「週刊新潮闘争50年史」と題して、朝鮮総連が怒鳴り込んできた、過激派に火炎瓶を投げ込まれた、記者が暴力団に生き埋めにされかけた、右翼の街宣車が押しかけた、などの逸話を紹介している。
1984年9月27日号の「皇后陛下『恍惚の人』の心配」という記事は右翼を激怒させ、いくつかの団体がバラバラに抗議に押しかけたらしい。
「昭和50年代後半になり、皇后さま(香淳皇后)はお年を召してお体の具合がずいぶんと悪くなっていました。それにもかかわらず、ご公務は続けられていた。そのため周りの者がどんなに気を配っても、取り繕うことのできないような事態が発生してしまったのです。そして、ついに宴席でお漏らしをするような事態まで起きてしまったのです、この話は皇室関係者から聞いたので間違いのない情報でした。実際、記事にした時、宮内庁からの抗議は一切ありませんでした」
というのは記事を執筆した元デスクである。
この「元デスク」は、“皇后さまがお漏らしとは何事か”と抗議し“詫び状を書け”と要求する右翼に、「皇后さまの状態がお悪いのに、公務をさせる宮内庁が間違っている」という趣旨の記事であることの説明を「一貫して言い続けた」。3ヶ月間もこの騒動は続いたらしい。
しかし、小便(だよね?)を漏らすような恍惚老人を「ご公務」に動員するとは、なんとも酷い老人虐待であることか。つーか俺も、週刊新潮の記事を全面的に信じるつもりはないけどねw
posted by 鷹嘴 at 01:33| Comment(2) | TrackBack(2) | 天ちゃん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
しかし驚きましたね。失禁の危険があるのに公務を・・・何が彼女をそこまでやせ我慢させたのでしょうか。
そういえば僕のいとこが通っている大学で『明仁さん、美智子さん、皇族辞めませんか』という本が発売されたそうです。
今度読んでみようと思います。
Posted by フナずし at 2006年06月09日 02:09
憲法の1条に『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』とあります。

天皇陛下への侮辱は日本,日本人への侮辱です。日本の総意への侮辱です。

憲法違反する奴が憲法変えるな、だと?
Posted by さざなみ at 2007年02月08日 18:29
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