2011年07月10日

原発建設も核のゴミ捨て場も海外が狙い目?

 そういえば東芝日立三菱などが経済産業省の助けを借りてベトナムなど海外に原発を売り込みたいらしいが・・・ベトナムから日本に「延べ6千人」ほど「原発技能実習生」を受け入れる計画があるってな。将来ベトナム国内に建設される原発のために技能を修得させようということか。それとも福島第一原発の復旧作業に送り込むつもりか?(週刊文春7/14号によると、循環浄化冷却装置なんて能力低い上に欠陥だらけで役に立たず、それより火災を起してもろくなっている4号機建屋は上のほうに重量物があるので下手したら地震で倒壊する危険があるらしい)。それとも最低賃金以下で雇えることに目をつけ、全国各地の原発に送り込むつもりか?たっぷり被曝させておいて、彼らが帰国後に癌など患っても知らんぷりするつもりか?

 ところで東京新聞「こちら特報部」の左上に「本音のコラム」という連載があるが、7月7日は法政大学教授・竹田茂夫氏の「核廃棄物輸出」。
 東芝がアメリカ政府にモンゴルに核のゴミ捨て場を造らせるように要請した件、「世界銀行のエコノミスト」による「発展途上国への有毒廃棄物輸出は理にかなっている」という記述がリークし物議を醸した件、インド西部マハラシュトラ州ジャイタプールでフランスの国策企業「アレバ」による原発建設計画があるが「ボパールの悲劇」を経験した民衆や科学者が激しく反対している件、国際原子力機関(IAEA)が「原発メーカーの製造物責任を不問にするルールの採用を途上国に働きかけている」件(参考)などを挙げ、
 「困窮する地方に原発や処分場を押し付けるという国内のやり方を世界に広げるべきではない」
 と指摘している。このブログに全文が引用されている。
◇ 東芝のおぞましい企業戦略 途上の片隅にて-ウェブリブログ

 それにしてもインドでの原発建設は、去年このブログにも書いたが1984年にアメリカ企業の工場から毒ガスが漏洩して2万3千人と言われる犠牲者を出したボパールの惨劇を思い出させる。原因企業の幹部の刑事責任は問われず、米連邦地裁にて損害賠償を求めた提訴はインドに「移管」され、事故の規模にしては話にならない金額で和解が成立している。もしこれが原発だったら?
 インドでは2010年8月の国会で「原子力損害賠償法」が可決、原発企業の過失が原因の事故発生の場合は、電力会社だけでなく原発企業にも賠償請求が可能になったが(参考)、上掲のようにIAEAが企業の責任を免除するよう各国に働きかけているという。
 東芝日立三菱など無責任企業が環境破壊後進国に原発を造り重大事故を起しても賠償責任は免責されるのだろうか。恐ろしいことだ。

 考えてみれば政府も企業も原子力は安全だとか抜かしてやがるが、実際には原発も放射性廃棄物処分場も人口の少ない地方に建設される。そして非正規雇用労働者を誘い込み、使い捨てにする。
 日米欧の原発企業と政府は、今度はこれを国際レベルでやろうとしている。環境破壊後進国に原発を建設し、外国人労働者を導入して被曝させ、もし大事故が起こっても原発企業に賠償責任が及ばないような国際ルールを設けようとしているわけだ。そしてあろうことかモンゴルに核のゴミを埋めようというのか(核燃料の再処理再利用なんてとっくに頓挫してるからゴミ捨て場をキープしとかなきゃ原発売り込みが進まねえんだろう)。
 つまり原子力発電とは、都市部や環境破壊先進国の経済のため、地方や環境破壊後進国に負担を強い、外国人も含めた非正規雇用労働者を搾取し犠牲にすることによって、成り立っているのだ。植民地主義とか帝国主義というもんだな。(それにしても「ヘイスピ」も同じようなこと言っていて、それ自体には共感するが、同会の、集会を妨害するような手法は全く支持できないw)
 もっともこうした構造は原子力利用に限らないことであり、俺たち日本人のような環境破壊先進国の人間が贅沢するために犠牲を強いられる地域・国があり、地球の環境も破壊され尽くしていくわけだ。

◇ 日本の原発 信頼揺るがず ベトナム、トルコ耐震性評価(1/2ページ) (魚拓)
◇ 日本の原発 信頼揺るがず ベトナム、トルコ耐震性評価(2/2ページ) (魚拓)
◇ ベトナムから原発技能実習生を受け入れ 国際人材育成機構が延べ6千人規模(1/2ページ) (魚拓)
◇ ベトナムから原発技能実習生を受け入れ 国際人材育成機構が延べ6千人規模(2/2ページ) (魚拓)
◇ 東芝 モンゴルに核燃処分場構想 (魚拓)
◇ モンゴルに国際的核処分場建設を 東芝が米高官に書簡 (魚拓)
◇ モンゴルに核処分場 問題多過ぎる日米構想 (魚拓)
◇ インド、反原発デモで1人死亡 福島事故受け抗議激化 (魚拓)
◇ インド「反原発デモ続く」少なくとも20人負傷、前日には一人死亡 - 今日からの日記
◇ インド・ジャイタプールの原発反対運動-ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2011年4月号 - 薔薇、または陽だまりの猫
◇ ジャイタプール(インド)の反原発デモ|ニュースと我等の生活
◇ マハラシュトラ州に1万MW原発、米国務長官訪問時に原発サイト発表 (魚拓)
◇ 東芝のおぞましい企業戦略 途上の片隅にて-ウェブリブログ
◇ 第138回 原子炉メーカーの製造物責任 今週のコラム[ウエストロー・ジャパン] (魚拓)
◇ 原子力損害賠償法を検討してみるブログ ・原子力損害賠償制度 各国比較


・・・話は全然変わるが、巷ではLED電球というものが出回っているようで、消費電力は少なく、普通の白熱電球や電球型蛍光灯とは違って滅多に切れないらしいが、相当なお値段だよね。東芝など白熱電球の製造を中止したそうだが、そのうち白熱電球が全く出回らなくなれば、たとえば滅多に入ることのない納屋や倉庫や、ビルなら滅多に点検に入ることのない配管や配線のためのシャフト内の電球が切れても、高価な電球型蛍光灯やLED電球を取り付けなければならなくなる。半年後に引っ越す予定があってもLED電球などを取り付けなければならなくなる。引越しのときに取り外すつもりでも、恐らく忘れるだろうな。
 電球というのは本来消耗品であり、従来100円前後だったものに数千円の出費を強いられるとは!科学技術は進歩しているようだが文明としては後退しているのではないか?
 それに白熱電球の材料はせいぜいガラス、金属部分、絶縁体だが、電球型蛍光灯やLED電球なら基板など半導体応用部品があり、リサイクルするのにも余計な手間と費用がかかるだろう。かえって環境への負荷が重いのではないか?
 というか電球というものは家庭用はともかく事業所用のものは、多かれ少なかれ明るさを維持するだけでなく室内デザインを考慮して設置されているようだ。それこそ電球は必要最小限にしてなるべく普通の蛍光灯を採用したほうがコストの面でも優れているのでは?

・・・と思ったんだが、切れた蛍光灯のガラス部分はリサイクルしようとしてもタイルやグラスウールの材料とするのが精一杯だという。2007年には松下電工が蛍光灯のガラスにリサイクルできるシステムを確立したというが、どの程度出回っているのか。どっちにしろ蛍光灯のガラスをそのまま使えるわけではなく、水銀や蛍光体など不純物を分離するという手間のかかる作業が必要である。それに蛍光灯を点灯させるための回路を内臓した安定器はどうやって処理するのか(電球型蛍光灯は口金の部分にこういう厄介なものを内臓している)。
 蛍光灯はまだマシだが、石油から作られた物質は多少リサイクルしようとも最終的には焼却か埋め立てだ。処理に困るゴミが出るのは原発だけじゃない。原発は「トイレのないマンション」と言われるが、現在の文明全てが「トイレのないマンション」だと言える。
posted by 鷹嘴 at 00:06| Comment(1) | TrackBack(1) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
魯迅の言を借りれば、「人が人を食う」ことで、原発は成り立っていると言える。「食人」を許容する奴隷道徳(資本主義)を否定せぬ限り、原発はなくならない。
このような状況に至ってもなお、「核武装」だの、「空母を持て」と声高に叫ぶ御仁たちに、「そんなに核が必要と言うなら、首都東京のど真ん中に、原発を設置することを認めては如何か?」と。尤も、「食う」側にいる彼等は「馬の耳に念仏」であろうが。
Posted by 市井のディオゲネス at 2011年07月30日 00:52
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