2006年08月11日

≪満州から旧日本軍へ徴兵 中国籍の朝鮮族≫

7月19日朝日新聞特集記事より引用。
日本が中国東北部を侵略して作った「満州国」という疑似国家は、抗日ゲリラを封じ込める為の強制移住政策、平頂山事件に代表されるような民衆虐殺、そして七三一部隊による人体実験、大規模な大麻の栽培など、日本帝国主義による犯罪行為の全種類が行なわれていた地獄であったことは言うまでもない。
記事によると、この傀儡国家に住んでいた朝鮮族の人々も大戦末期に「日本兵」として徴兵され、戦後ソ連に抑留された。生存者は日本大使館に補償を求め続けているが、日本側は「一切解決済み」として拒んでいる。


鄭鉉柱さん、81歳は黒龍江省のハルビンで生まれ、現在も市内の「古ぼけたアパート」に住んでいる。父親は日韓併合時に朝鮮の慶尚南道から逃れてきた。鄭さんは偽満州国の成立によって「光田幸太郎」と改名していたが、1944年徴兵の連絡を受けた。
「逃げたかったが、家族が心配で出来なかった。『満州国』の警察や憲兵は厳しかったから」

終戦後旧ソ連に拘留され、日本兵と同じように森林伐採などの重労働を課された。
「寒くて、食べ物がなかった。朝鮮人だから帰してくれ、と言ってもだめだった。死んでいるような気分だった」
1948年の解放後ハルビンに戻り教師になったが、文化大革命時代には経歴から「日本の特務」と疑われ、一年間の「隔離審査」を受けた。今回の朝日新聞の取材に際しても家族は「日本の記者の取材を受けて大丈夫なの?」と心配していたという。鄭さんは日本に補償を求めている。

金成基さん、81歳も中国籍に朝鮮族で、鄭さんと同様に「満州国」で徴兵された。終戦後はソ連のクラスノヤルスク(バイカル湖より西)に抑留され、1949年に解放され北朝鮮に送還、その後家族のいる黒龍江省に戻った。この時解放された朝鮮人は2千人以上だったという。
1994年、金さんはロシア当局から自分を含めた朝鮮人180人分の労働証明書を取得し、日本の厚生省に送付した。自ら日本に補償を求める訴訟を東京地裁に起そうとしたが、弁護士費用のあてがつかず断念。
北京の日本大使館へは毎年のように補償を求める手紙を贈っているが、昨年1月の大使館からの返信は「誠に残念ながらご要望にお応えできることはできません」というものだった。金さんはこの問題を国際法廷の場に持ち込みたいという意向を持つ。
「私は日本政府と日本国民を尊敬しています。私は朝鮮人としてではなく、元日本軍人として命をかけてその義務を果たした。私の声に応えてもらえないでしょうか」

・・・日本政府は鄭さんや金さんのような元日本軍兵士を「旧日本軍現中国東北地区朝鮮民族出身軍人復員者」と名づけ、1972年の日中共同声明で中国政府は日本への賠償請求権を放棄したので、この二人のような人々への補償問題は「解決済み」だという立場を崩さない。
同様に、韓国人の元日本軍兵士に対しても日本政府は、1965年の日韓協定で解決済みだという姿勢だが、韓国政府は74年、一時金を至急することを立法化した。
「鄭さんら中国籍の元日本兵に対する対応は、こうした一連の措置からすっぽり抜け落ちたままとなっている」
鄭さんらは、「日中共同声明は、中国の個人に対する補償までを放棄したものではない」と、またソ連への抑留についても、「捕虜への労働賃金は使役国である旧ソ連が支払うべきだが、ロシアは56年の日ソ共同宣言で相互の請求権が放棄されたことで、支払い責任は日本に移った」と主張している。
もし日本という国が恥を知っているのならば、元日本軍兵士については現在の国籍を問わず等しく補償するべきだと思うな。朝鮮人を「徴兵」という名目で強制連行したことの賠償も含めてね。
posted by 鷹嘴 at 13:42 | TrackBack(2) | 戦後補償 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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