2011年06月30日

過去ログ移転:ソンミ村虐殺にひらき直った馬鹿ども

 過去ログ移転作業の続き。
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Re(4):ベトナム戦争
投稿番号:18717 (2003/08/04 00:42)
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おまけです。

ソンミ村事件がアメリカ全土に報じられた際、様々な反応がありました。素直にアメリカ軍の蛮行を嘆き、この無駄な戦争の意義を問う声も多かったのですが、報道の真偽を疑う声や、虐殺自体を正当化しようとする声も多かったのです。(以下は「ソンミ――ミライ第四地区における虐殺とその波紋」よりの引用です)

「ありゃいいことだぜ。何のために兵隊にタマをやるんだい?ポケットに入れとくためかい?」
と、ボストンの55才の「エレベータ係」はわめいたそうです。
クリーブランドのある婦人は、
「わたしたちがこどもたちを殺すべきだなんていったらたしかに恐ろしい感じですわ。でも、むこうじゃ、わたしたちの息子がたくさん、まるで子供のように殺されているじゃない」
と、アメリカ兵も殺されているからベトナムの子供を殺しても構わないとでも言いたげな口吻だったそうです。このババァは「わたしたちの息子がたくさん殺されている」原因を考えてみたことがないのでしょう。
こういった愚かしい反応は、日本の馬鹿ウヨクや、9・11テロ以降馬鹿の本性をあらわした現在のアメリカ人や、ベトナムでの蛮行を認めようとしない韓国軍の退役軍人(16775)を彷彿とさせます。どこの国にも始末におえない馬鹿はいるものです。

あるベトナム退役兵が共和党議員に送った手紙も、虐殺を正当化するものでした。

「東洋人の考えを良く知っておれば、ベトコンの女が、赤ん坊を脇にかかえ、軽機関銃でアメリカの軍隊を攻撃するなどということが阿呆らしい話などではないとわかるでしょう。連中はバカではない。われわれの正体をよく知っています。われわれは、この厳格なユダヤ・キリスト教徒の態度をうまく利用する方法を心得ているのです。白人は西洋の戒律に従って、このような女・こどもとは簡単には戦うことはできません。戦場でぶつぶついっていれば、自分たちが半分くらいやられてしまってから、このことを思い知ることになります」(この人は、歴史上「厳格なユダヤ・キリスト教徒」が最も多く「女・こども」を無差別に殺してきたことを知らないのでしょうか?全くあきれて物も言えません)

ともかくこの人は、「女・こども」でさえ「軽機関銃でアメリカの軍隊を攻撃する」のであるから、ソンミ村事件のような「女・こども」に対する虐殺もしかたない、と言いたいのでしょう。
アメリカの侵略が、ベトナム人の「女・こども」でさえ「軽機関銃でアメリカの軍隊を攻撃する」ようにしてしまったことを忘れているようです。

さらに言えば、この人はベトナム戦争の本質について全く無理解です。
ベトナム戦争とは、
【南ベトナム政府軍+アメリカ軍+諸国軍】と【南ベトナム解放戦線+北ベトナム政権】の戦いではなく、
【アメリカ軍(とその他傀儡軍)】と、【ベトナム民衆】の戦いだったのです。
アメリカの侵略に対してベトナム民衆が一丸となって戦い、
そしてアメリカはベトナム人を殺しつくし、ベトナムの大地を破壊しつくす道を選んだのです。

ですからアメリカ軍の標的は、
「女・こども」も含めたベトナム人全てであり、
そしてベトナム国土全て、つーかインドシナ半島東側の大地全てだったのです。
自分たちが「厳格なユダヤ・キリスト教徒」であり「女・こどもとは簡単には戦うことはでき」ない軍隊であったとしても、この戦争では「女・こども」も標的にすることは当然だったのです。
アメリカにとってベトナム戦争は「女・こども」さえも殺し続けなければならない戦争だったのです。これをこの退役兵は理解していなかったのです。

・・・・ソンミ村が属する「クァンガイ省」の海兵隊の間ではやっていたジョークは、この戦争の本質を一言で表していると言えます。

「忠誠を誓うベトナム人は全部連行して海の筏に乗せる。次に国内に残っている者を皆殺しにしてしまう。国は駐車場のようにコンクリートですっかり舗装してしまう。それから筏は沈めてしまう」

アメリカはベトナム戦争に勝つためには、枯葉剤でベトナム全土を丸裸にし、ベトナム人を絶滅させる以外になかったのです。


・・・・最後にちょっと無駄話ですが・・・・
この一連の投稿で、本多勝一/著「戦場の村」と、亀山旭/著「ベトナム戦争――サイゴン・ソウル・東京――」というベトナム現地ルポから度々引用しましたが、両氏とも行く先々で韓国軍の悪評を耳にしたそうです。
本多氏など、メコン川のデルタ地帯(インドシナ半島の南端部)の負傷者を収容していた病院での取材中、ベトナム人の入院患者から怪訝な顔で「ダイハーン(韓国人)?」と疑われ、あわてて自分は日本人だと訴えたそうです。
韓国軍が民衆に対して行なった殺戮作戦と、強姦殺人などの不法行為は凄まじいもので、彼らは南ベトナム政権側の民衆からも蛇蝎の如く忌み嫌われていました。
韓国軍が駐留していた地域では、韓国兵は女性を見れば手当たり次第に強姦するという噂が流れ、十代の女性も強姦されることを恐れて髪を既婚の女性のように結っていたそうです。この噂も強ちウソとは言えないものであり、また既婚女性を装っても韓国兵の獣欲から逃れることはできなかったようです。
こうして韓国兵は解放戦線側・南ベトナム政権側双方のベトナム人からだけでなく、同盟者であるはずのアメリカ兵からさえ激しく嫌悪されていたのです。全く損な役回りを負ってしまった・・・・というよりも、完全に自業自得だったというべきでしょう。

一方韓国と共にアメリカの同盟国でありながら派兵することはなかった日本は、このような激しい憎悪の対象になることはありませんでした。しかしアメリカへの貢献度の点では韓国に引けを取らないものだったのです。
日本国内のアメリカ軍基地は重要な後方支援基地であり、兵士たちの英気を養う場でもありました。北爆・南爆(南ベトナム内でも解放戦線の勢力化にある地域は激しく爆撃されました)を続けるB−52はグアムや硫黄島や沖縄の基地を経由したのです。
またベトナムでは日本製の軍用トラック、LST(港じゃないところで戦車とか荷揚げできる船??)が活躍し、日本の海運会社のタンカーが爆撃機のための航空燃料を輸送しました。また解放戦線に対する宣伝ビラも日本で印刷されたものが多かったのです。日本にとってベトナム戦争は大きなビジネスだったのです。

ベトナム戦争でのアメリカ兵の戦死者は5万8千人、戦傷者は30万人に上り(ベトナム人の戦死傷者は300万人)、少なくとも1500億ドルの戦費を費やしました。それだけでなくアメリカの社会に残した傷が深いことは周知の通りです。ベトナム帰還兵は帰国当日に人殺しと罵られ、糞を投げつけられました。就職先もなかなか見つからず、アルコールやドラッグにはまる者も多く、自殺者も絶えませんでした。
また韓国にとってもベトナム戦争は全世界に母国の悪名を轟かせただけでした。
しかし直接加担することのなかった日本はなぜか「ベトナム戦争の唯一の勝利者」と言われました。
朝鮮戦争の特需が戦後復興になったように、ベトナム戦争は日本の高度成長の加速剤になったのです。
なんともやり切れないことに、かつて植民地にしていた朝鮮やベトナムの民衆が、あらたな戦争によって再び血を流すことをビジネスとしていたのです。本多氏はもったいぶりながらも「死の商人」という言葉を使いましたが全く同感です。

・・・・ところで、終戦後もインドネシアに残り独立戦争に参加した元日本兵がいたように、ベトナムに残ってホーチミン率いる「ベトミン」(ベトナム独立同盟)に参戦し、経験を生かしてベトナム兵を指導した元日本軍将兵もいました。
ベトミンが1946年に設立した二つの軍士官学校のうち一方は、日本軍によって追放されベトミンと共に日本軍と戦っていたフランス人下級将校が教官を務め、
もう一方の「クァンガイ陸軍士官学校」では、旧日本軍の士官が教官に任命され、ベトナム兵に戦闘のイロハから叩き込んだのです。これはその後のベトナム戦争にも生かされました。
あるベトナムの元軍人は、

「ベトナム戦争中、ハノイでは米軍機の空襲に対して、民兵が小銃や機関銃で一斉射撃していた。襲いかかるジェット戦闘爆撃機に小銃で対抗しても意味がないということをいう人がいるが、あれは、日本軍がとった全力射撃の戦法だ。空襲に対して何も反撃しないと徹底的にやられてしまうものだ。これもクァンガイ陸軍士官学校で教えたことだった。ベトミンの軍事用語には日本軍のものが多い」

と当時を述懐しました。
終戦後ベトナムに留まり軍に協力した元日本兵約700名のうち、戦死・行方不明は500名以上に達するそうです。(以上「ベトナム戦争―民衆にとっての戦場」吉沢 南・著 吉川弘文館 ・・・より引用。 つーか15943より焼き直し)

ベトナムの民衆は第二次世界大戦終結後、サイゴン陥落まで30年間の独立戦争を戦いましたが、我が日本国は一貫してベトナムを侵略し破壊し続けるアメリカを支援し、ベトナム人の流血を商売のタネにした「死の商人」でした。
しかしベトナムの独立に貢献した日本人もいたことを、日本人としては記憶に留めておきたいものです。

***この一連の投稿の作成にあたって、「ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場」(松岡 完・著、中公新書)を重宝させていただきました***
posted by 鷹嘴 at 21:16 | TrackBack(0) | 歴史認識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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