2012年08月12日

津波はタブー

 地震と津波が襲えば福島第一原発のような大事故が発生することは明白であるのに、日本政府は関西電力に大飯原発3号・4号機を再稼動させた(そのせいで電気が余りすぎて火力発電所を6機も休ませるってさ)。大飯の地下に活断層が存在する恐れを指摘されても決して停止しようとしない。
 政府や官僚や関電や経済界は、東日本大震災のような地震と津波が若狭湾でも発生するかもしれない、と恐れることはないのだろうか。人為的なミスによる大事故発生を懸念することはないのだろうか。それとも充分に危険性を認識しつつも「先送り」にしているだけだろうか。
 考えてみればこういう怠慢のため東日本大震災の大津波によって多くの人命が失われ、福島第一原発は大事故に至ったわけだが、原発を動かそうとする連中は決して学ぼうとしないようだ。津波の脅威を軽視していた国、自治体、東電の不作為を、震災後の新聞記事の中から引用する。

 2011年5月2日 日本経済新聞1面トップの記事「政官民 甘かった備え」より引用。岩手県山田町船越地区は1896年の明治三陸地震で津波被害を受けた経験から、当時の助役が住民を高台に移転させたという。地元の40代の主婦は、『子供の頃、防波堤のあたりには家を建てちゃいけないって先生から教えられた。津波は戦争より恐ろしい、と』と語る。
 しかし次第に津波の記憶が薄れ、再び便利な海辺近くに町営住宅が建てられたが、今回の大津波で大半が被害に遭った。60代の水産養殖業の男性は『みんなね、昔のことは忘れちゃうんだよ』と語る。
 一方(前も引用したが)、同県宮古市姉吉地区では、海抜約60メートルの地点にある石碑には、
 「想へ惨禍の大津浪」
 「此処より下に家を建てるな」
 「幾歳経るとも要心あれ」

 と記されていた。住民らはこの先人の教えを守り惨事を免れた。しかし「姉吉のように教訓が生きる例は少ない。誰しも『まさかここまでは来るまい』と考える」。(ちなみに同紙34面の記事によると、津波の遡上高が30mを超えた地点が沿岸12kmにも渡っていた。明治三陸地震を上回り、2004年のスマトラ沖地震に並ぶ世界史上最大規模の津波だったという)

 こうした甘い見通しは被災地の住民や自治体だけでなく、福島原発を運転する側、規制する側も同じだった。2009年6月、経済産業省で開かれた総合資源エネルギー調査会にて、産業技術総合研究所・地震研究センター長の岡村行信氏は、「869年の貞観地震で、想定とは比べものにならない巨大な津波が来ている」と、「福島第一原発の危険性を繰り返し指摘」した。
 しかし東京電力の担当者は「研究的な課題としてとらえるべきだ」と一蹴。この時点から2年も経たないうちに福島第一原発は地震と津波によって史上最悪の原発事故を起した。
 「失敗学で有名な」東大名誉教授の畑村洋太郎氏はこうした傾向を『見たくないものは見ない。考えたくないことは考えない。米国は考えようと努力する国。日本は考えないままにしておく国』と指摘する。

 2011年12月27日・東京新聞より引用。2008年5月〜6月、東京電力が国の最新見解に基づき、福島沖で貞観地震や明治三陸地震が発生したと仮定し、福島第一原発付近での津波高さの試算を行った。明治三陸地震なら津波の高さは最大10.2m、浸水高は15.7mに達すると予測されたという。
 しかし当時の原子力立地副本部長・武藤栄氏と、原子力設備管理部長・吉田昌郎氏らは、「試算の結果に過ぎず、実際には(巨大な)地震は来ない」として対策を見送り、「念のため」土木学会に検討を依頼したという。吉田昌郎氏とは、福島第一原発の吉田前所長のことである。
 また吉田氏は「要求されない限り経済産業省原子力安全・保安院に試算結果を伝えないよう指示」。社内では沖合いに防潮堤を建造する提案もあったが退けられた。結局は大津波が来る可能性を想定しつつも、なんら対策を講じなかったのである。そんな津波なんぞ来るわけがない、と高を括っていたのだろうか。不安を感じながらも行動に移す気は無かったのだろうか。ってゆうか企業も行政も、新しい原子炉造る!みたいな景気のいい話には惜しげもなくカネをつぎ込むが、稼動中の設備の安全性向上、みたいな地味な出費はケチるもんな。
 東電が保安院からの要請によってこの試算の資料を渡して説明したのは、「平成23年3月7日」だったという(参考)

 2012年6月13日・東京新聞夕刊より。05年から翌年にかけて東電の「原子力技術・品質安全部設備設計グループ」の研修を受けた東電社員が、「最大20mの津波に襲われた場合の被害や対策費を見積もっていた」ことが明らかになった。
 13.5mの津波が来ると建屋地下の非常用電源などが浸水し全交流電源喪失、原子炉への注水が不可能になると想定。これを防ぐためには建屋の浸水対策などで5号機だけで20億円が必要になり、20mの津波ならば80億円かけて1.5kmの防潮堤で5、6号機を囲まなければならない、と試算した。
 しかし東電は「一社員が研修で行った想定で、社としての検討ではない」などと開き直っている。社としての検討を怠った経営陣の責任は重い。
 ちなみに経済産業省原子力安全・保安院も04年のスマトラ島沖地震には脅威を感じたらしく、06年に電力会社と勉強会を行うとともに対策の検討を口頭で伝えたそうな。そして上述のように08年、東電は最大15.7mの津波を予測していた。

 2012年5月4日・東京新聞【こちら特報部】より。小学生のころ母親と福島第一原発の近くに引っ越してきた木村俊雄さんは、東電の企業内学校「東電学園高等部」を卒業し東電に入社。柏崎刈羽原発、そして福島第一原発に配属され、原子炉内燃料集合体の配置を決める担当になった。
 一本3千万円もする燃料集合体を『長持ちさせればさせるほど会社は喜ぶ』という。この難しい業務を『豊富な知識と経験』でこなしていく木村さんは周囲から尊敬され、やりがいを感じていた。

 しかし木村さんは徐々に仕事に違和感を覚えるようになった。『福島原発は古いし、六機もあるからしょっちゅう停止する。それなのに、稼働率を上げたい会社は調査もしないで、何とかごまかそうとしていた』
 「あえて原因は追究せず、相手が疑問を挟みにくいもっともらしい理由を考えて通商産業省に報告するだけ。運転日誌を都合よく書き換えるのも日常茶飯事だった。『対外的には『安全、安心』とか『地域とともに』なんて言ってるのに、やってることは全然違う。こんな会社にいていいのかなと』
 そんな東電を通産省が厳しく指導することはなかった。というか指導するような能力は無かった。何しろ役人連中、勉強はできるかもしれないが『実際に原発を動かしたことがないのは致命的』。要するにズブの素人だからだ。車の本を何冊読んでも運転したことないんじゃ何も言えないのと同じだ。
 書類を提出しても訂正されるのは『“てにをは”くらい。技術に関することは分からないから指摘できない。こちらが作った書類の表紙を『通商産業省』と書き換えていたこともあった』

 木村さんは学会や研究機関などに定期的に派遣され、知識が深まっていくとともに、原発への疑問も高まっていった。『プルトニウムは使い道がなくてたまる一方だし、そもそも使用済み核燃料はどうやって処分するんだって話ですよね。『やっぱり原発はだめだ、危険すぎる』という思いが日に日に強くなっていた』
 1991年10月には、1号機タービン建屋の配管から冷却用の海水が漏れ、非常用ディーゼル発電機が使えなくなった。津波に遭ったときも原子炉を冷却する電源を供給しなきゃなんない発電機が地下にあるんだからお笑い草だ。スペアキーを車の中に置きっぱなしにしておくようなもんだな。
 木村さんが当時の上司に『この程度で電源が失われるなら、大きな津波が来たらメルトダウンになるんじゃないか』と問いかけると上司は、
 『その通りだよ。でも、安全審査の中で津波とシビアアクシデント(過酷事故)を結びつけるのはタブーなんだ』
 と開き直ったという。『膨大なお金と時間がかかるから対策なんて取っていられない、ということだったんでしょうね。この上司は、福島第一に来る直前まで本社で安全基準を担当していた。一定規模の津波が来ればどうなるか、みんな分かっていたんです』
 東電は「みんな分かっていた」のに、全く対策を行っていなかった。分かっていて、やらなかった。「それを言ったらおしまい」だからだ。まともに対策するなら、それこそ城壁のような堤防で敷地の周りをすっぽり覆わなければならなかっただろう。そんなことすりゃ福島第一の利益分が消えても足りないだろうからな。木村さんの告発についてはこちらも参考のこと。

 こんな会社に我慢できなくなった木村さんは2001年に退社。職を転々とした後、福島県大熊町で有機農法などに取り組み、自給自足の生活を目指して努力していた。
 昨年の大地震発生直後、かつての職場が『メルトダウンまで行くことはすぐに分かった』という。家族とともに着の身着のままで避難し、妻の実家などを転々とし、かつて訪れたことのある高知県土佐清水市に転居。ソーラーパネルで発電し、風呂は薪で沸かし、畑で収獲した野菜を売って現金収入を得ているという。


 木村さんにメルトダウンの危険性を指摘されて開き直った上司は、今頃どんな顔をしていることか。毎朝千代田区内幸町の東電本店に、とぼけた顔して通勤しているかもしれない。あるいは子会社の役員としてふんぞり返っているかもしれない。
 それにしても、技術系の組織に限らないと思うが、重大な危険性を前にして全く対策しない、というのはよくあることだと思う。危険なことを危険なこととして認めようとしない(考えることを避けている)。危険だと認めていても全く対策しようとしない(分かっていてもやらない)。あるいは対策するつもりはあるのに動きださない。組織の誰もが危険性を認識していても、皆沈黙したまま。誰かが対応してくれるのを、誰かが声を上げてくれるのを待っている。
 こういう日本の社会構造が、狭い国土に54機の原発を建設させ、最悪の原発事故を招いたんだね。

posted by 鷹嘴 at 18:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
関西汽船南港乗船券販売所・関汽交通社

連合・サービス連合傘下の

関汽交通社のお局OL村崎さん、白井さん 

育ちが悪いと聞いたけど確かにちゃんとした親なら他人をじろじろ見るなと躾けるだろうな、

根拠のない、噂・誹謗・中傷
・やめてください

大学卒の学士様でしょう

恥ずかしくないんでしょうか

その上、青年婦人部で組合活動をされたん

でしょう、それとも馬鹿なんですか?

覗きの変態行為か好きなんですか?

人が自殺すれば責任をとるんでしょうか?

信じられない大学卒の知能程度、

じろじろ見る人ってのは、どっかアラがないか探してるんだと思う。
ちょっとでも「あっ」と思う物を見つけたら、後で他の人にコソコソ笑い話のように伝えたり、勝ち誇ったり
するんだよ。

心が貧しいんだと思う。

じろじろ見るのって相手に対して失礼だし
服装や持ち物までシッカリ見てるのが浅ましい感じ。
育ちが悪いと聞いたけど確かにちゃんとした親なら他人をじろじろ見るなと躾けるだろうな。
Posted by 関西汽船南港乗船券販売所・関汽交通社 at 2012年08月12日 20:40
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