2013年03月02日

【大崎事件 無実訴え33年 最後の再審請求】

 2月27日東京新聞【こちら特報部】で、鹿児島県大崎町で起こった冤罪事件が取り上げられた。恥ずかしながらこの事件を全く知らなかったが、これもまた容疑者が事実ではない自白を強制され、その自白のみで刑が確定してしまった冤罪事件である。被害者の原口アヤ子さん(85歳)は、福祉サービスを受け一人暮らしをしながら、二度目の再審請求を闘っている。この特集記事と関連サイトから引用して投稿する。

 1979年10月、鹿児島県大崎町の農家の四男(当時42歳)が行方不明になり、三日後自宅の堆肥小屋で遺体となって発見された。警察は身内の犯行と決め付け、長男、次男、次男の息子の3人を殺人や死体遺棄容疑で逮捕した。三人は取り調べによって四男殺害を自白。しかも長男の妻の原口アヤ子さんの指示で殺害したと自白し、アヤ子さんも逮捕された。死んだ四男は酒癖が悪かったため、四男を嫌っていたアヤ子さんが殺害を指示した、ということにされてしまったのだ。(動機は保険金目当てだったという検察のストーリーは裁判中に崩れたという)
 1980年3月鹿児島地裁は長男に懲役8年、次男に懲役7年、次男の息子に懲役1年、そしてアヤ子さんには懲役10年の実刑判決を下した。一貫して容疑を否認していたアヤ子さんだけが控訴したが81年1月に最高裁で棄却され刑が確定した。

 捜査は三人とアヤ子さんの犯行だと決めつけ、自白を強要する悪質なものだった。その内容も「弟を殺した後、うたた寝をして、牛に餌をやった」などという不自然なものだった。三人は四男の首をタオルで絞めて殺したとされるが、その凶器となったタオルは発見されていない。
 しかも次男と次男の息子には知的障害があった。次男の息子は再審請求の際の尋問で「犯人と決めつけられて陰毛まで採取され、仕方なく作り話をした」と、涙ながらに語ったという。
 アヤ子さんの夫も交通事故の後遺症で知的能力が低かった。出所後アヤ子さんに「警察の取り調べが厳しくて、『アヤ子がやったと言え』と言われたからうそをついてしまった」と告白したという。
 たとえ冤罪を生もうとも「ホシ」をあげたい警察は、知的障害者に虚偽の自白を迫ることも恥じないのだろう。こうして警察は3人に、四男を殺害したと自白させるだけでなく、保険金目当てだっただのアヤ子さんに指示されただの、自分たちが作ったフィクションを当てはめ、認めさせたのだ。

 アヤ子さんの夫は93年に病死。「やっていない」と再審請求の意思を示した次男は1987年に自殺。次男の息子も2001年に自殺した。アヤ子さんは刑務官から「罪を認めれば仮釈放される」と勧められたが「やっていないのに認められない」と拒否し、確定判決どおり10年間服役した。
 アヤ子さんは出所後の95年、鹿児島地裁に再審請求を行った。2002年3月に地裁はアヤ子さんと次男の息子に対し「有罪とするには合理的な疑いが残る」として再審開始を決定。しかし検察が即時抗告し、福岡高裁宮崎支部は再審決定を取り消した。特別抗告するも06年に最高裁が棄却。
 10年、二度目の再審請求が始まり弁護団は共犯者とされた二人の供述についての心理学者の鑑定書を地裁に提出し「供述の信用性に疑いがある」と指摘。また「タオルで絞殺したという確定判決の認定は、遺体の状況と矛盾する」という法医学専門家の鑑定書を提出。四男の遺体には「絞殺時に首にできる線状の溝やうっ血の跡」が見られなかった。一回目の再審請求でも「死因として考えられるのは頚椎の損傷」という医学者の鑑定書が提出されている。四男は遺体となって発見される3日前(行方不明になる直前)、泥酔して自転車ごと用水路に転落し、村人に助けられて軽トラックで自宅に送られていた。弁護団は、四男はこの転落事故の際に頚椎を損傷して死に至った可能性があると主張している(参考)
 さらに弁護団は地裁に、検察が握っている証拠を開示するように勧告してほしい、と何度も要請した。これについては検察側も証拠リストの存在を認めて「地裁の要請があれば開示に応じる」という立場だった・・・しかしこの事件を担当する中牟田博章裁判長は、この要請に全く応じなかった。
 こうして「鹿児島地裁は実質的な審理をほとんどせず」に、再審開始するかどうかの決定を3月6日に出すことを決めてしまった。ちなみにこの中牟田裁判長はかつて冨山地裁高岡支部で、氷見事件(再審無罪となった)の有罪判決に関与していたという。

 再審請求の際の証拠開示は、裁判所からの働きかけがないと行われない。この中牟田裁判長が動かないため、検察が隠している証拠が開示されないのだ。無罪を決定づける証拠が出てくる可能性もあるのに。
 弁護団は「裁判所のさじ加減一つで、再審開始になったり、闇に葬られたりする。こんな格差はおかしい」「他の再審請求事件と比べ、裁判所が旧態依然すぎる」と憤る。
 指宿信・成城大教授は「プライバシーの侵害や証拠隠滅の恐れもないのに、検察に証拠開示を促さない裁判所の姿勢は不可解だ。これまで証拠開示が再審無罪に結びついた事件との格差が大きく、法の下の平等や裁判を受ける権利に違反する」と指摘。
 捜査機関はメンツのため容疑者に虚偽の自白すら強制し、冤罪を生む。捜査機関の追認組織と成り果てた裁判所は権威を守るため一度下した判決は守り通す。市民の権利も人権も連中は関心がない。組織を守ることだけが目的なのだ。

 アヤ子さんは出所後、弁護士を訪ね歩いて再審請求を実現させた。その行動力と強い意志から「鉄の女」と呼ばれていたそうだ。記者に対しても「やっちょらんもんは、やっちょらんですからなあ」「無実を証明して、世間に知ってもらいたい」と固い意思を見せたという。しかし最近では体力の衰えから、弁護士に電話することも滅多になくなったという。
 「今も親族の結婚式に出席できず、近所の目を気にする生活が続く。もう、あまり時間がない。アヤ子さんは何度もつぶやく。『早く、解決してほしいですなあ』」

 アヤ子さんと亡くなった3人の名誉を回復するため、全ての冤罪被害者を救うため、二度と冤罪事件を起させないため、我々全ての市民(容疑者であろうと、被告であろうと、受刑者であろうと)の権利のため、大崎事件の再審無罪を勝ち取らなければならない。



追記: 2013年3月6日、鹿児島地裁(中牟田博章裁判長)は、アヤ子さんの再審請求を棄却した(地裁は同日、アヤ子さんの元夫の遺族による再審請求も棄却)。中牟田裁判長は厚顔無恥にも(親族三人の)「知的能力の程度は確定判決でもある程度明らかになっており、考慮されていた」「自白が取調官に誘導などされた結果の虚偽のものとは考えにくい」などと判断したという。絶対に許せない!
 アヤ子さんは記者会見で目を潤ませながら「悔しくて、悔しくて、残念。事実を早く認めてもらえるよう、今後も訴え続けていきたい」「やっていないことを認めるわけにはいかない。事実を早く解明してほしい」と語った。
 弁護団の鴨志田祐美事務局長は「個別の証拠を十分吟味したとは思えず、新旧の証拠を総合評価する手法も誤っている」と地裁を批判した。以上3月7日東京新聞より。弁護団は3月11日に福岡高裁宮崎支部に即時抗告を行った。冤罪という国家犯罪を絶対に許すな!
posted by 鷹嘴 at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 冤罪事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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