2013年04月10日

福井女子中学生殺害事件:無実の前川さんの闘い

 2013年3月6日鹿児島地裁は、許し難いことに大崎事件冤罪被害者原口アヤ子さんの再審請求を棄却したが、同じ日に名古屋高裁は、福井女子中学生殺害事件の犯人だとして懲役刑を受けた前川彰司さんの再審を取り消した。前川さんも関係者の供述のみ(しかも警察の強制)で有罪判決を受けた冤罪被害者である。東京新聞の記事と支援サイトなどから引用する。

 1986年3月19日、福井市の市営団地で中学3年生の女性が刺殺体となって発見され、前川さんも事情聴取を受けた。しかし事件の晩前川さんは自宅におり、被害者(当時15歳)と前川さん(当時21歳)とは全く接点が無いため、この時は容疑対象から外れた。
 しかし1年後の87年3月、前川さんは女子中学生殺害容疑で逮捕され、7月に起訴された。別件逮捕されていた前川さんの知人らが、前川さんが事件に関与しているという供述を行ったためである。犯行の証拠など一切存在しない。「血のついた前川さんを見た」という供述のみで起訴されたのだ。こんなデタラメがまかり通るなら、誰しも未解決事件の真犯人に仕立て上げられてしまうだろう。
 90年9月の福井地裁は前川さんに無罪判決を下した。物証は一切存在せず、知人らの供述にも食い違いや矛盾があったため当然の判決だった。しかし95年2月の名古屋高裁金沢支部は懲役7年の逆転有罪判決を下し、97年11月には最高裁も上告を棄却。前川さんは2003年9月まで服役した。
 前川さんは出所後の04年7月、名古屋高裁金沢支部に再審請求。2011年11月30日に再審開始決定となった。凶器は被害者の自宅にあった包丁だとされたが傷跡が小さすぎる(刃物の大きさより傷跡が大きくなるのは当然のこと)、前川さんが乗ったとされる乗用車に血痕がついていたという供述があったが被害者の血液型の反応は出なかった、などの弁護団が指摘する矛盾点が認められたのである。
 しかし12月5日名古屋高検金沢支部が異議申し立てを行った。そして13年3月6日名古屋高裁は再審取り消しを決定。弁護団は3月11日、最高裁に特別抗告を行った。

 事件前、シンナー中毒だった前川さんは「シンナーをやめる」と誓い、東京の更生施設に入る準備をしていた。事件の夜について前川さんは「家族と夕食を食べていた」と説明し、これは前川さんの母親の供述とも一致していた。
 しかし前川さんは1年後突然逮捕され、父の礼三さんは「息子が逮捕され、初めて人前で泣いた。人生に傷を付けられた思いがした」と語る。「妻はうそを言っていない。でも信じてもらえなかった」(2013年3月6日・東京新聞夕刊)。「証言しても親族ということでアリバイと認めてくれなかった」(福井新聞)
 警察が前川さんを逮捕した根拠も、有罪判決の根拠も、全て知人の供述である。別件で福井署に別件で逮捕されていた暴力団員(前川さんの先輩)が、事件のあった86年の9月頃から、面会者に「自分の刑が軽くなるかもしれない」と犯人の情報を求め、知人に対して「前川のことだけどよく思い出してくれ」などという手紙を出していた。
 そしてこの暴力団員は、事件の夜に彼の後輩が、「顔や服に血の付いた前川」を車に乗せてきた、という虚偽の供述を行うのである。福井署は12月にこの「後輩」を任意同行し、暴力団員の語る通りの事実を認めるように迫った。「後輩」は否認したが、福井署は彼を犯人隠匿罪で逮捕。後にこの暴力団員が「前川といたのは別の男」と供述を変えたので釈放された。これも許し難い誤認逮捕である。
 呆れたことに福井署は、この「後輩」の取り調べの際、手錠姿の暴力団員を取調室に入れた。そしてこの暴力団員は「後輩」に対し、「お前、彰司(前川さん)を連れてったって言うたやないかい」と怒鳴りながら迫ったという。警察が取調室に暴力団員を招き入れ、被疑者を恫喝させたのである(参考)

 87年1月、暴力団員の供述の中にある別の男性(前川さんの知人)が事情聴取を受け、前川さんの事件への関与を示す供述を強制された。彼が否定しても捜査員から「他はそういってない」と「連日責め立てられ」た末、事件当日服に血のついた前川さんを見たという調書に署名させられた。
 前川さんの第一審公判で彼は、前川さんを見たのは事件当日ではない、「警察にいわれて思い込んだ」と証言し、前川さんに無罪判決が下った。しかし彼は控訴審でこの証言を翻し、警察官調書通りの証言を行った。このとき彼は別件で取り調べを受けており、警察官が「お前の容疑は見逃してやるから、控訴審で調書の通り証言してくれ」と迫ったという。この警察官は前川さんが起訴された事件でも取り調べをしていたという。露骨に司法取引を要求したのだ。彼はその後、第一審での証言が真実であったと告白している(参考)

 このようにして前川さんは真犯人に仕立て上げられ、懲役刑を受けた。しかも名古屋高裁は一度再審開始決定しながらも、検察から異議を受けた末に取り消してしまった。全く理解しがたいことだが、検察も裁判所も己の面子を守るため、冤罪被害者の尊厳を永遠に汚し続けることを恥じないのだろう。前川さんの父の礼三さんは、検察による再審決定への異議申し立てについて「人間だから間違いはある。間違いを権威で押し通すのは愚の骨頂」と憤っていた(福井新聞)
 3月6日の再審取り消しの前、ある現役裁判官は「判断に迷う事件。有罪と無罪の境目にあり、決定がどちらに転んでもおかしくない」と語り、南山大法科大学院・丸山雅夫教授(刑事法)は、2011年11月30日の再審決定について「決め手となる新証拠はないが、一つ一つを積み上げることで確定判決に疑いが残ると導いた決定」だと、「合理的な疑いが生じれば有罪判決は維持できない」とする最高裁・白鳥決定(1975年)に沿った判断だと、解説していた。
 言い換えればこの事件は「決定的な物的新証拠がない点で、DNA鑑定で犯人性が明白に揺らぎ、検察側も白旗をあげた足利事件や東京電力女性社員殺害事件とは異なる」のだ(3月3日・東京新聞)。
 両事件とも再審段階に於けるDNA鑑定によって、冤罪であることが明らかになったが、この福井女子中学生殺人事件では、前川さんではない者の犯行を示す根拠は出ていない。そのため名古屋高裁は再審を取り消したのだろうか。

 弁護団の指摘(凶器と被害者の傷の大きさが合わないこと、前川さんが乗ったとされる乗用車から被害者の血液反応が出ないこと)に対し、検察側は「弁護団の主張はいずれも憶測程度のもので、供述を揺るがすほどのものではない」と反論していた。高裁はこの意見を採用し「無罪を言い渡すべき明らかな証拠は見当たらない」として再審を取り消したのである(以上、3月7日・東京新聞)。
 それにしても、全ての冤罪事件について思うことだが、「明らかな証拠」を提示すべきなのは検察の側ではないのか。検察が被告を真犯人だと信じ、法の裁きを受けさせるべきだと思うなら、「明らかな証拠」を提示するべきではないのか。前川さんは、容疑の「明らかな証拠」など全く示されないまま、関係者の供述(しかも警察による強制)のみで有罪判決を受けた。ゆえに直ちに再審が開かれるべきではないのか。検察が前川さんを真犯人だと信じるのなら、今度こそ「明らかな証拠」を提示するべきではないのか。そして裁判所は、「再審制度においても『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則が適用される」という白鳥決定に準じた再審が行われるべきではないのか。

 弁護団長の小島峰雄氏は「今回の決定は、裁判官の見方が違えば前の判断が覆ることを示している。きちんとこちらの主張をすれば最高裁で再審開始が認められる」と語る(3月7日・東京新聞)。それにしても自分の「見方」一つで正当な再審決定を覆してしまうような裁判官が存在していることにゾッとするが。
 控訴審で一審と異なる証言をした男性は、今では悔いているという。「今では見たのは事件とは別の日だと思っており、罪悪感がある。彼は無実だ」(福井新聞)。しかし警察の脅迫によって虚偽の供述・証言を強いられたこの男性を責めることはできない。

 前川さんは服役中に精神疾患を患い、出所後に入院。退院後に薬で症状を抑えながら一人暮らしを始めているという。「多少なりとも自立できたと感じたとき、自分を褒めたくなります」。控訴審の逆転有罪判決で退学を余儀なくされた地元の通信制高校に再入学し、情報通信の技術を学び2013年3月に卒業。「長年の夢を一つ、かなえることができた」。
 「逮捕から26年、なぜここまで闘い続けられたのか。そう問われ、『正義ですね。このままでは義にあらずと』。信じ続けた男に、再審の扉は重かった」(3月6日・東京新聞夕刊)。
 この記事は過去形で文章を締めているが、前川さんは冤罪を晴らすため闘い続けていく。絶対に前川さんの無実が認められなければならない。
posted by 鷹嘴 at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 冤罪事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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