このうち吉田昌郎氏の調書はかなりの分量で、事故当時の状況が生々しく語られているので、2014年9月12日東京新聞の特集記事より抜粋して引用する。(なお吉田氏の調書は現在同紙にて連載されている)
2007年7月の東電柏崎刈羽原発事故の際、吉田氏は原子力設備管理部長を務めていた。設計時の想定より強い揺れが襲ったものの、重大事故には至らなかったため(実際は建屋への浸水、変圧器の火災、クレーン破損、燃料プールの水漏れ、また制御棒が抜けなくなるなど無数のトラブルが発生していた(過去ログ参照)。吉田氏は「やはり日本の設計は正しかったと、逆にそういう発想になってしまった」と、「慢心」につながってしまったと語る。
2008年2月には東電土木調査グループが社内会議で、想定すべき津波は7.7mになる可能性を報告。3月には15.7mという試算も出た。しかし吉田氏にとっては信じられない話だったようだ(過去ログ参照)。
入社時には、最大津波はチリ津波と言われていて、高くて3m。非常に奇異に感じた。そんなのって来るの、と結局、東電の想定する津波は6mほどのままだった。それにしても東北地方の日本海側は歴史上何度も大津波に襲われているのに、津波は高くてもチリ津波の3m、と社員に教育するとは、あまりにも楽観的というか無責任な企業だな。
さらに吉田氏は、(大事故には至らなかった)東北電力女川原発が869年の貞観津波を考慮していたことを指摘されても、
(福島県沖の地震が津波の発生源になったことは今まで無かったので)いきなり考慮するのは、費用対効果もある。お金を投資する根拠がない」と、東電の対策に落ち度は無かったという態度。
(専門家の)誰がマグニチュード9の地震が来ると事前に言っていたか。結局、結果論の話。何で考慮しなかったというのは無礼千万
さらには「土木学会の指針には権威・客観性があるのか?」と問われて次のように答えた。
ある。これはオールジャパン。声を大にして言いたいが、原発の安全性だけでなく、今回2万3千人死んだ。(実際には死者約1万3千人、行方不明が約2千6百人)こちらに言うなら、あの人たちが死なないような対策をなぜその時に打たなかったのか。・・・まあ全ての災害は天災ではなく人災だと思うが、建物が揺れに耐えられず、防波堤が津波に耐えられず犠牲者が出たことと、原発が地震や津波に耐えられず大事故を起こしたことを、同列に並べられるのか?
人間が文明生活を営むためには屋根の付いた建物に住み働かなくてはならない。水辺を行き来するためには防波堤や橋を築かなくてはならない。一方、発電の方法は原発以外にいくらでもある。あえて原発を使いたいのなら、想定をはるかに超える対策を講じるべきではないか?原発が大事故を起こした以上、どのような原因だったにせよ、日本政府と電力会社の責は逃れられないのでは?
(事故以来多くの人々が指摘していることだが)東電は自分らこそ被害者だと、あれほどの津波が襲ってきたので仕方がないことだと、それなのに非難されるのは理不尽だ・・・と思っているようだ。吉田氏も同じだな。原発の脆さを身をもって体験した彼も、その体験に学ぶことはなかった。
■ 福島第一原発の水害対策が不完全であることを、関係者は3.11以前から把握していたはずだ。1983年には大雨で建屋地下が膝くらいまで冠水し、また1991年には配管の腐食によって地下の非常用ディーゼル発電機が浸水した。
しかし吉田氏は、このような場合によっては大事故に至りかねない事例を知りながらも、3.11以前は(地下階を水が襲うという発想に)「至っていない。水がそこまで来るという発想がない」と告白する。
そもそも非常用発電機のような重要な機器類を地下に設置していることが致命的な誤りだ。商業ビルや官公庁のビルであろうと、本来なら受変電設備や非常用発電機、防災機器類は地下ではなく地上に設置するべきだが、原発なら尚更のことだ。水害で水没すれば一巻の終わりだ(※参考)。原発を全電源喪失させるような地震・津波の発生確率など、滅多に来るものではないだろう。しかし確率的にごくわずかなものでも対策を講じなければならない(※参考)。
吉田氏は91年の事故について「今回のものを別にすれば日本で一、二を争う危険なトラブル。ものすごく水の怖さが分かった」が、「古いプラント、一回できたものを直すというのはなかなか」と語る。東電幹部に説明しても進展は無かったという。
「会長の勝俣さんは、それは確率はどうなんだと。学者によって説が違うから詰めてもらっているという話で終わって、それ以上の議論になっていない」
「一番重要なのはお金。対策費用の概略をずっと説明していた。経営層に急にお金がいると言っても駄目だから」まあ、吉田氏が言うように企業(に限らず国も自治体も)というのは、既に稼働しているものに対し補修・改善を行うための費用はとことんケチるからなあ。金は別の方面に落ちるんだよ。7号機・8号機を造ろうとしてたんだろ。
しかしこのような設備であろうとも、事前に地震・津波に備えて対策を練っておけば被害が軽減したのではないか。たとえばせっかく電源車が到着したのに電源コネクタの形状が合わず使用不能、というお粗末な事例があったが、平常時から高台に電源車と電源ケーブルを準備しておけば、このような不手際は防げたはずだ。各種の弁や、非常用冷却装置のテスト運転・訓練(及び停電時の手動操作手順確認)もしておかなければならなかった(※参考)。
吉田氏はこの問いに対し、「おっしゃる通り、ただ、今回のもの(津波高)は15mという思考停止レベルの話なので」とそっけなく答える。「思考停止」どころか15mの津波は現実に襲ったのだが?
事前に想定した6mを超える高さは、吉田氏にとって東電にとって「思考停止レベル」だった。彼らは想定されうる災害に対し「思考停止」をしていた。日本の電力会社が原発を再稼働すれば、このような大事故は何度でも起こるだろう。
■ そんな吉田氏も、「何セットかバッテリー」や「コンプレッサ」などの「きめの細かい備え」や「人の訓練」をしておかなければ「ほかの電力も危ない」と語る。また全電源喪失によって機器類の操作が出来なくなった件について、次のように警告する。
3月11日の前はそういう発想にはいっていないのだろう。スイッチ押せば、その通りに動いてくれるという前提でのマネジメント。これは東電福島第一だけでなく、オールジャパンどこでもそうだと思う・・・たしかにこれは「おっしゃる通り」だな。俺も設備管理に携わる人間だが、このようなシステムに対する過信があることは否めない。監視操作卓から運転/停止操作を行えば現場の機器はその通りに動いてくれる、という・・・。
いざという時、操作通りに動かなかったらどうするのか、決まった条件下で自動運転するはずの機器が動かなかったらどうするのか、そういう備えが無い。トラブルの際は慌てふためいて走り回る始末だ。
基本的なことだが監視操作卓⇒伝送装置・コントロール装置⇒リレー盤⇒現場の機器に至る信号の構成、そして現場の機器を運転させるための条件・異常時の対処方法、バルブならば手動で開/閉する手順などを熟知しておかなければならない。東電福島第一原発の運転員らはそれを怠っていた。吉田氏はこの指導を怠っていた。
俺が勤務するような商業ビルでも、火災時に非常排煙機やスプリンクラーポンプが作動しなければ、多くの人命が失われる惨事になる。火力発電所や大きな工場のようなプラントではより大きな災害になり、社会的な影響も大きい。
しかし、システムが制御不能になることで燃料の発熱が収まらず、遠隔操作が不能になった機器や異常が起きている箇所に近寄れず、かつ地球環境にいつ果てることなく悪影響を及ぼすようなプラントは原発だけだろう。
それにしてもこの「オールジャパンどこでもそうだ」という警告は、プラントの管理以外にも当てはまるよな。現在与えられている物がいつまでも失われることはないと慢心し、想定されうる危機に無関心な・・・
(つづく)
※ 2011年5月5日東京新聞によると、福島第一原発は、地表の海抜35mのところを海抜10mまで掘り下げられて建設された。地表から地下25mまでは粘土や砂岩層であり、その下に「比較的しっかりした泥岩層」があった。そのためなるべく強固な地盤を確保するためと、海水を冷却水としてくみ上げるための効率や、船から核燃料を荷揚げする際の利便のため、わざわざ地面を掘り下げて建設された。
東電元副社長の豊田正敏氏は、
耐震設計の見直しはしてきたが、津波対策をおろそかにした。建設を計画した一人として、申し訳ない。と語る。たしかに元々の海抜35mの地表上に建設されていれば、15mの津波が建屋の下部を水没させることは無かっただろう。
今、考えると、台地を削らず、建屋の基礎部分を泥岩層まで深く埋めれば、地震と津波の両方の対策になったかもしれない
※ 「確率」の話だが、「発電機が動かない確率を100分の1、非常用バッテリーから電源供給できない確率を100分の1、外部電源も供給されなくなる確率を100分の1とすれば、全電源喪失は100万分の1、だからまずあり得ない・・・となる。馬鹿馬鹿しい計算だが、理系の人間というのはこういうことを真顔で言うからな。俺も原発企業東芝で孫請け労働者をしているときにこういう計算をやらされたぞ。
実際は発電機もバッテリー設備も地下にあったので水没して役に立たなかった。送電線は断線し、送電塔は倒壊した。理系の人間はこういう常識で出来る範囲の予測が出来ない。そして文系の人間は理系の人間の言うことを鵜呑みにしちまうのさ。面倒臭いんだろうね。理系の人間は簡単なことをわざわざ専門用語を使って難しく言う癖があるからな。
※ 格納容器内の圧力を下げるためのベント用の弁も、非常用冷却装置(IC)も、全電源喪失のため作動しなかった。ベントについては「決死隊」の努力によって何とかバルブを開けることが出来た(もっとも充分ではなかったらしい。参考)
ICとは、原子炉内蒸気を(密閉状態のまま配管で)外に取り出し、タンクの水で冷却して凝縮させ、また炉内に戻す仕組み。原子炉内蒸気を外界に放出せずに炉内の温度と圧力を下げることが出来る。
しかし全電源喪失のためこの装置の弁が開かず、作動していなかった。しかし吉田氏らは全員、ICは動いていると思い込んでいた。これが作動すればタンクの水が熱で蒸発し建屋の排気口から轟音と共に吹き出す。一目で分かるはずだが、当日の現場作業員はそれを知らなかった。誰一人、ICのテスト運転をしたこともICが作動しているところを見たこともなかった。こんな企業が原発を動かしていたからこそ、大事故になったんだろうね。