2007年05月05日

また橋下がバカなこと言ってた

何曜日だか忘れたがテレ朝「スーパーモーニング」で、またあの橋下徹というバカがバカなことをほざいていた。

石原の特攻隊映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」が紹介されていて、
橋下は、
「特攻隊を美化してはいけないが、感謝するべきだ。戦後の日本が発展したのも彼らのお陰・・・」
とか言い出した。

たしかに特攻隊も戦争の被害者だが、なんで感謝しなきゃなんねえんだ?
何度も言うけど戦後の日本人が何とか暮らしてきたのは、戦前戦中の人間が滅茶苦茶にしたこの国で、戦後の人間が汗水垂らして働いてきたからじゃねえか?感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。
橋下は「戦争は絶対反対だ」などとほざきつつも、戦死者を美化することによって日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか。「靖国神社は戦死者を追悼してるだけ」とかほざく連中と同じ手口だな。
まあ、あの橋下徹というバカが計算してやってるとは思えんが・・・
posted by 鷹嘴 at 00:07| Comment(51) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>戦死者を美化することによって

それ以前にアメリカさまに媚を売りたいがために死者の存在を蔑ろにするほうがひどいと思うけどね。特攻隊を被害者にすることで(笑)

>日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか。

死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)

>「靖国神社は戦死者を追悼してるだけ」とかほざく連中と同じ手口だな。

名簿があるだけの神社がどうかしましたか?

>なんで感謝しなきゃなんねえんだ?

自分たちのために(つうか、当時の日本の人々のために)必死で戦ってくれたから。

>何度も言うけど戦後の日本人が何とか暮らしてきたのは、

というより、経済第2位の経済大国であり、技術大国でもあるね。

>戦前戦中の人間が滅茶苦茶にしたこの国で、戦後の人間が汗水垂らして働いてきたからじゃねえか?

滅茶苦茶にしたのはアメリカだけど。それに関してはやっぱりアメリカに媚を売りたいからスルー(笑)。

死んでいった人たちの死を無駄にしないためなんだけどね。だから慰霊祭って各地でいまでも行われているよ。

http://www.asahi-net.or.jp/~UN3K-MN/0815-4zinrai07.htm

それと特攻隊が実行されたのはそれ以外ではこれといった戦果が望めなかったから。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月05日 12:45
また知能の低い人からのコメントですな。

> 死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)

靖国神社にはお墓はありませんw

> 死んでいった人たちの死を無駄にしないためなんだけどね。だから慰霊祭って各地でいまでも行われているよ。

それ、お寺じゃないですかw
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月05日 16:35
くすくす、敗戦目前の中、自らの命と引き換えに日本人を守ろうとした彼ら、特攻隊員には感謝するべきですよ。彼らのおかげで救われた命もあり、その救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。

ところで特攻隊が被害者なら、当時の日本軍人の゛勝てない戦゛に投入された者のほとんどが被害者だと、私は思いますよ。

ところで、ここの管理人の゛馬鹿じゃない゛人ってどんな人?
Posted by 卜部琴子 at 2007年05月05日 20:03
> 彼らのおかげで救われた命もあり、その救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。

もし特攻に効果があったとすれば、戦争を長引かせることになって、より多くの軍人や市民を死に追いやったことになります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E9%9A%8A
「この理解不能性、恐怖や不安はアメリカをして日本に原爆投下を決定させる一因になったとも言われる。」

一番いいのはさっさと降伏することだったのですけど、そのくらい分かりませんか?

> ところで、ここの管理人の゛馬鹿じゃない゛人ってどんな人?

あなたのような脱力系のお馬鹿さん以外の人です。

ところでネカマはキモイのでいいかげんやめて下さい。
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月06日 01:19
自己レスだけど

> もし特攻に効果があったとすれば、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E9%9A%8A
「また無事突入に成功しても機体強度と運動エネルギーが艦艇の装甲強度を上回れず、艦艇に命中しても機体ごと装甲に弾き返されることもあった。」

壁に軟球をぶつけたみたいだったのねw
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月06日 01:25
>>また知能の低い人からのコメントですな。

知能低い云々以前に自分で調べてほしいものです。

>>>戦死者を美化することによって
>>>日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか。

>> 死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)

>靖国神社にはお墓はありませんw

あのー、どこにも「靖国神社」についてかかれていないのですけど。頭大丈夫ですか?

それに戦死者のご遺族が戦死者が眠っている墓に参ることくらい想像がつかないの?

>>死んでいった人たちの死を無駄にしないためなんだけどね。だから慰霊祭って各地でいまでも行われているよ。

>それ、お寺じゃないですかw

慰霊祭ってなにか知っているの?読んで字の如く、霊を慰める祭事のことだよ。それは寺であれ、神社であれ、祀られていればそこで異例事業を行うのは当然のことなんだけど。もしかして、寺は神社のように霊が眠る場所じゃないと勘違いしているのかな?

一応、慰霊祭が行われている場所の一部を紹介しておこう。

http://www.asahi-net.or.jp/~UN3K-MN/0815-4yotei02.htm
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月06日 13:38
>もし特攻に効果があったとすれば、戦争を長引かせることになって、より多くの軍人や市民を死に追いやったことになります。

>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E9%9A%8A
「この理解不能性、恐怖や不安はアメリカをして日本に原爆投下を決定させる一因になったとも言われる。」

これ、アメリカ人が原爆を落とした跡に出した理屈だって聞くよ。

現に原爆の投下を決定したのって終戦間際の7月24日でポツダム宣言発言の直前なんだよね。

原爆投下は人体実験だったと米エネルギー省ネバダ事務所もみとめているんだけど、それを日本に起因するところ見ると、やっぱりアメリカに媚を売る気満々なのかな(笑)

1993年2月5日 『朝日新聞』

【上の記事の内容】=ネバダ核実験場を管轄している
米エネルギー省ネバダ事務所が発行している刊行物「公表された米核実験」の中に、
広島・長崎への原爆投下が「核実験(テスト)」として記載されていることが、
4日、明らかになった。同事務所は「分類方法に不適切があった」とし、
「次版から書き方を変更することを検討する」としている。 〈後略〉

http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html

特攻隊に効果があったとしてもソ連を仲介とする終戦工作を1945年6月にはじめているからどう考えても戦争を長引かせることになっていないよ。

>より多くの軍人や市民を死に追いやったことになります。

そうかな、特攻隊が艦隊を攻撃している間、敵艦隊の砲撃や航空機の攻撃も全部そっちに向けられるから、特攻隊は軍人や市民の盾になっているよ。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/tokko_episode/okinawanohitobito.html

>一番いいのはさっさと降伏することだったのですけど、そのくらい分かりませんか?

「国家の無条件降伏」が「一番いい」なんていまでもだれも理解できないでしょうね。日本は最終的にそれを選ばずに済みましたから(笑)

>壁に軟球をぶつけたみたいだったのねw

連合軍の艦艇の壁は何級でもへこたれてしまうほど、もろい壁だったのでしょう(笑)

合計すると撃沈53隻、損傷381隻。

損傷した正規空母20隻、護衛空母3隻撃沈、護衛空母17隻損傷などなど。

ちなみに通常攻撃での戦果はレイテ沖海鮮でも護衛空母1、駆逐艦2隻撃沈。自軍は戦艦3隻、空母4隻などそのほか多数の巡洋艦、駆逐艦が沈没。

しかし、特攻隊の攻撃で護衛空母1隻沈没、ほか2隻損傷。正規空母5隻損傷、護衛空母2隻損傷。

マリアナ沖海鮮や台湾沖航空戦に至ってはいうまでもないとおもいます。

ちなみに特別攻撃隊による戦時徴用船(輸送船)の損害はいまだに未発表であるとのこと。やっぱり、損害をさらけ出すと、効果があったことがばれて米国にとってもまずいのでしょうね。

ここの管理人のように「無駄だった」と、いい続けるほうがアメリカにとっても都合がいいでしょうからね。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月06日 14:19
ごめん、ごめん、間違いがあったんで訂正しておく。

異例事業 → 慰霊事業(慰霊行事)

何級 → 軟球

急いで長文なんて書くものじゃない。ここの管理人に迷惑をかけて申し訳ない。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月06日 14:21
結局特攻に意味があったかというと何の意味もない。アメリカの進軍を止めることができたわけでもなく誰かを守ることができたわけでもない。
無駄死に。戦争がもう少し早く終われば彼らも戦後の復興に参加できたものを。
戦後の日本を作ったのは死なずに生き残った国民の努力であり彼らを生き残らせたのは特攻などではない。
Posted by 通りすがり at 2007年05月06日 18:49
くすくす、ここの管理人に゛脱力系のお馬鹿さん゛とか゛ネカマはキモイのでやめて下さい゛とか散々詰られまくって非常に心が傷ついております、卜部琴子です。

さて、ウィンド オブ ゴットさんや私のコメントを、

>知能の低い人からのコメントですな。

とか言って馬鹿にしてくれましたけど、あなた自身はどうですか?

ウィンド オブ ゴットさんの為さったコメントを全然違う解釈をしたり、すごく無茶苦茶な珍見解なんかを行ったりして、正直

>頭大丈夫ですか?

と言うのはさすがに失礼すぎですので

「まともな理解力や学習力等が具わってますか? 」

と言わせてもらいます。

ところで、

>脱力系のお馬鹿さん

私は脱力系なのですか?




Posted by 卜部琴子 at 2007年05月06日 19:41
ウィンド オブ ゴッド氏
>合計すると撃沈53隻、損傷381隻。

>損傷した正規空母20隻、護衛空母3隻撃沈、護衛空母17隻損傷などなど。

 その数値の根拠とは?
 「沖縄戦では沈没した艦船76隻,損傷164隻に及び」という小林よしのり氏の『戦争論』で掲げられた数値にも、ミリタリーファンの間では誇張の疑いが指摘されているのですが、「撃沈53隻、損傷381隻」との記述がなされた一次資料が存在するならば、それは歴史上の大発見でしょうね。

http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/6kamikaze_k.htm
によれば、撃沈は26隻に過ぎず、しかも撃沈した艦船は駆逐艦以下の小型艦艇に限られ,巡洋艦以上の大型艦は撃沈されていないのだそうです。

 米軍側資料によれば、特攻攻撃を実際に敢行した機(≠出撃機)のうち、命中した機は56%にすぎないそうですから、あまり効率のいい攻撃方法とはいえませんね。ましてや、約3000人の若者の命を賭して行うほどの方法だったとは、いえないでしょう。

 特攻で、多くの若者が志半ばにして散っていった。このことは、十分に我々の涙を誘い、彼らに対する畏敬の念を起こさせるエピソードではあります。
 しかし、それによって特攻攻撃の戦術としての妥当性に対する客観的評価に「味付け」をしてはいけません。特攻隊員の霊を慰めることと、特攻作戦を批判することは、本質的に別の事柄です。
 そう考えますと、結局のところ、特攻作戦というのは、戦争の終結を早めたり遅らせたりするのにはほとんど寄与せず、せいぜい諸外国に対して、日本が特攻作戦という外道の作戦を取る、野蛮で、理解しがたい民族である、という印象を植え付ける程度の効果しかなかったのではないか、という感情論を抜きにした評価を下せるのではないか、と私は思います。
Posted by NISSHA at 2007年05月07日 03:02
Nisshaさん、すみません、参考になったHPを出し忘れていました

http://landinggear.hp.infoseek.co.jp/kamikaze/senka.htm

「撃沈53隻、損傷381隻」は沖縄戦じゃなく、全戦争の戦果とされていますが、はっきりいって特攻隊による戦果は今のところ不明というのが正直な感想ですね。

軍事徴用船の被害がいまだに未発表であることから。

『米国戦略爆撃報告 太平洋戦争方面の作戦』では沖縄戦での菊水作戦での損害は沈没36隻、損傷368隻ですので、参考にしたHPの数字も完全に間違っているとは思えません。26隻というのも米陸軍の報告ですが、米陸軍関連の艦船(揚陸艇、輸送船とか)の損害とか考えられませんか?

>米軍側資料によれば、特攻攻撃を実際に敢行した機(≠出撃機)のうち、命中した機は56%にすぎないそうですから、あまり効率のいい攻撃方法とはいえませんね。ましてや、約3000人の若者の命を賭して行うほどの方法だったとは、いえないでしょう。

通常攻撃では0に近くなりました。マリアナ沖海戦やレイテでの戦果を見れば、もはや通常攻撃は望めない状態であったかと。

>しかし、それによって特攻攻撃の戦術としての妥当性に対する客観的評価に「味付け」をしてはいけません。特攻隊員の霊を慰めることと、特攻作戦を批判することは、本質的に別の事柄です。

「味付け」というのが何を指摘しているのかしりませんが、特攻自体、「総率の外道」と実行した司令官である大西中将が言っていましたから、どう考えても二度とあってはならないものであることは誰でもわかることではないのでしょうか?
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月07日 12:45
>そう考えますと、結局のところ、特攻作戦というのは、戦争の終結を早めたり遅らせたりするのにはほとんど寄与せず、

連合軍は3月1日までに沖縄に上陸する予定でしたので、連合軍の進行を確実に遅らせていることは確かですから、終戦の講和条件には少ながらず寄与していたと私は考えています。

>せいぜい諸外国に対して、日本が特攻作戦という外道の作戦を取る、野蛮で、理解しがたい民族である、という印象を植え付ける程度の効果しかなかったのではないか、という感情論を抜きにした評価を下せるのではないか、と私は思います。

それならば、なぜに連合国は最終的に「国家の無条件降伏」をさせなかったのでしょうね。「特攻作戦という外道の作戦を取る、野蛮で、理解しがたい民族である、という印象を」与えたならば「国家の無条件降伏」以外に選択させないのではないのでしょうか?

それに戦闘中にも米軍は特攻隊の人に敬意をちゃんと表していますよね。。「特攻作戦という外道の作戦を取る、野蛮で、理解しがたい民族である、という印象を」持っているならばこのようなことは通常行わないかと。

当時のキャラハン艦長は、この搭乗員を海軍式の水葬することを提案します。艦内には「敵兵にそんなことをする必要はない」という反対もありましたが、艦長は、「敵兵でも死んだら敵ではない。国家に命を捧げた勇士であり、私の意志である。海軍式に水葬にすべきである」と艦内に放送し周知させました。水葬には遺体にかける国旗が必要ですが、米艦艇には日の丸はありません。このためわざわざ信号旗担当が作製し、特攻機の搭乗員の葬儀は翌12日に敬意を払われながら手厚く行われました。葬儀の直後、再び多数の特攻機が殺到、再び周囲は鉄と火の海になるのです。

http://gankiti.at.webry.info/200604/article_1.html
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月07日 12:56
> あのー、どこにも「靖国神社」についてかかれていないのですけど。頭大丈夫ですか?

お前の頓珍漢なレスに、適切に反論することなど不可能ですw

「戦死者を美化することによって日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか。」

これに対するレスが、なんで、

「死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)」

こうなるんですか?

「戦死者を美化すること」という部分が、

「死者に感謝すること」に、

変わっているじゃないですか。頭大丈夫ですか?

つーか戦死者の遺族や、あるいは戦友は「貴様には世話になった」と墓参りしていることでしょう。
(お前の言いたかったことはこれですか?)

しかしそれは、(橋下による)日本人全般が特攻隊に感謝すべきだ、などという話とは、全く違います。

遺族や戦友が戦死者に感謝すること、墓参りすることと、

終戦から何十年も経ってから生まれた赤の他人が戦死者に感謝すること
(つまり靖国神社が要求しているようなこと)とは、
全く異なります。

お前はこの二つをゴチャ混ぜにしたのです。

頭大丈夫ですか?
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月07日 17:06
> そうかな、特攻隊が艦隊を攻撃している間、敵艦隊の砲撃や航空機の攻撃も全部そっちに向けられるから、特攻隊は軍人や市民の盾になっているよ。

それにしては本土は好きなように爆撃され、原爆も落されてしまいましたね。

それに、お前の足りない頭の中には、日本の上空や海上しか戦闘の舞台はないようですね。

中国大陸や南方のジャングルで日本兵がゲリラに襲われ、あるいは餓死していったことを知らんのですか?

> 特攻隊に効果があったとしてもソ連を仲介とする終戦工作を1945年6月にはじめているからどう考えても戦争を長引かせることになっていないよ。

お前は本当に馬鹿ですね。アメリカに対しては少しでも粘りつつ、ソ連と交渉して終戦を有利に導こうという方針ではないですか。

しかしソ連による仲介など、どだい無理な話でした。もたもたしている間にそのソ連に宣戦布告されてしまうのですから。

早く降伏すればよかったのです。

>> 一番いいのはさっさと降伏することだったのですけど、そのくらい分かりませんか?

> 「国家の無条件降伏」が「一番いい」なんていまでもだれも理解できないでしょうね。日本は最終的にそれを選ばずに済みましたから(笑)

じゃあお前は、本土決戦するまで戦うべきだったと思うのですか?

そもそも「無条件降伏」などと書いていませんよ。お前は馬鹿ですか?

てゆうか土壇場まで愚図愚図していたからこそ、微妙な情勢になったのではないですか。

天皇がビビりまくっていたことを知らないのですか?

もっともお前のような妄想の世界に生きる馬鹿にとっては、国土が焼き尽くされようとも「国体」は「護持」するべきだ、というのが理想なんでしょうな。


> 合計すると撃沈53隻、損傷381隻。
> 損傷した正規空母20隻、護衛空母3隻撃沈、護衛空母17隻損傷などなど。

ほう、やはり特攻には効果があったのですね。ということは戦争を長引かせ、より多くの軍人や市民を死に追いやったことになりますね。

特攻隊を恨みこそすれ、感謝はできませんねえ。

> ここの管理人に迷惑をかけて申し訳ない。

そもそもお前のような馬鹿がコメントを書き込むのが大迷惑なのですが?
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月07日 17:07
ウィンド オブ ゴッド氏
>『米国戦略爆撃報告 太平洋戦争方面の作戦』では沖縄戦での
>菊水作戦での損害は沈没36隻、損傷368隻ですので、参考にし
>たHPの数字も完全に間違っているとは思えません。26隻とい
>うのも米陸軍の報告ですが、米陸軍関連の艦船(揚陸艇、
>輸送船とか)の損害とか考えられませんか?

 米軍側の損傷隻数については資料によって諸説あるのは確かです。ただ、貴殿が言われる「損傷381隻」という数値が資料に基づいた根拠ある数値だったとしても、その次に、その「損傷」の内訳が問題となります。艦艇の「損傷」と一口に言いましても、小破・中破・大破とあります。
 特攻攻撃における最重要の目標とされたものの一つに、空母があります。実際、護衛空母に対して、特攻攻撃はかなりの損害を与えた模様です(護衛空母が商船規格で装甲が薄いのも影響したでしょう)。レイテ沖海戦で指揮をしたチェスター・ニミッツも、護衛空母が特攻攻撃で大破させられたと述べています。しかしながら、ニミッツはこうも言っています。(特攻隊の攻撃を受けたにも関わらず、護衛空母群は)
「この攻撃にもひるまず、損傷した二隻の空母は依然として陣列の定位置を去らず、迅速な応急修理を施して数時間以内には航空作戦を再び開始した」
のだと。
 要するに、米軍艦艇に特攻攻撃で多少の損害を与えたところで、米軍の圧倒的な物量、そして優れたダメージコントロール技術によって、そのような損害は容易に吸収されてしまったのです。
 
貴殿は、
>通常攻撃では0に近くなりました。マリアナ沖海戦やレイテ
>での戦果を見れば、もはや通常攻撃は望めない状態であった
>かと。
と仰いますが、例えば鉾田の陸軍教導飛行師団が、特攻作戦への戦術的見地からの反対論として、
・武装,戦闘行動で(急降下爆撃に比べて)劣り結果的に不利
・体当たりの最大の欠点は落速の不足にあり,爆弾の落速の二分
 の一程度では装甲甲板を貫徹できず(特攻主張派の言う)一機
 一艦撃沈は無理
といった意見を出しています。実際、特攻攻撃の結果からも、敵艦への貫通力の弱さが指摘されています。
 したがって、特攻それ自体に何らかの美徳を感じて行ったのでなければ、わざわざ人命を賭してするほどの作戦ではなかったのではないか、といえるのではないでしょうか。
 貴殿が挙げられたウェブサイトにもあるように、特攻作戦とは、「もはや戦闘ではなく明らかに時間稼ぎ。集団自殺の強要でしかなかった」というのが実相ではないでしょうか。

 このような非道を行う日本軍に対して、連合国が「無条件降伏」をせまったのは当然ことと言えます(連合国は、「大日本帝国の無条件降伏」ではなく「大日本帝国に日本軍を無条件に降伏させること」を要求したのです)し、実際、日本軍は、無条件降伏、解体、武装解除を義務付けられました。
 個々の軍人が、特攻で散った一人一人にして軍人としての哀悼の念を持つのは、自然なことでしょう。しかしながら、米国人が、総体として日本人という民族に対して、「理解しがたい」という感情を抱いたのもまた、無理からぬことであると思います。
Posted by NISSHA at 2007年05月07日 20:16
長くなるので複数に分けて反論します。

管理人様。反論するならばちゃんと自分が書いたブログ記事とスレッドの流れを読み直してください。

>>>>>感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。

>>>>>橋下は「戦争は絶対反対だ」などとほざきつつも、戦死者を美化することによって日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか

>>>>>たしかに特攻隊も戦争の被害者だが、なんで感謝しなきゃなんねえんだ?

>>>>死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)

>>>靖国神社にはお墓はありませんw

>>あのー、どこにも「靖国神社」についてかかれていないのですけど。頭大丈夫ですか?

>お前の頓珍漢なレスに、適切に反論することなど不可能ですw

>>>>>橋下は「戦争は絶対反対だ」などとほざきつつも、戦死者を美化することによって日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか
>>>>>たしかに特攻隊も戦争の被害者だが、なんで感謝しなきゃなんねえんだ?
>>>>>感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。

>これに対するレスが、なんで、

>>>>>「死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)」

>こうなるんですか?

「感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。」といった管理人様への反論なんですけどね。ご自身が書いた内容をお忘れになりましたか(笑)

>それにしては本土は好きなように爆撃され、原爆も落されてしまいましたね。

それは航空機による空襲であって迎撃戦闘機と震天制空隊(爆撃機に体当たりする決死隊(特攻ではない)が引き受けているので特攻隊とは無関係なのですけど。

リンク先読みましたか?沖縄では特攻隊が突入するとき、米軍の攻撃がすべてそちらに向けられるので、水を汲みにいくことができたと。これって特攻隊が沖縄の市民や軍人の盾になっている例かと。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/tokko_episode/okinawanohitobito.html

>中国大陸や南方のジャングルで日本兵がゲリラに襲われ、あるいは餓死していったことを知らんのですか?

これも特攻隊とは無関係です。このとき、特攻隊は編成、出撃していません。それに特攻隊はあくまでも艦船が目的であってゲリラや補給にはなんら役に立ちません。

>お前は本当に馬鹿ですね。アメリカに対しては少しでも粘りつつ、ソ連と交渉して終戦を有利に導こうという方針ではないですか。

ソ連以外に仲介してくれる可能性ある列強国が投じなかったのです。ほかに対案があったのですか?

>しかしソ連による仲介など、どだい無理な話でした。もたもたしている間にそのソ連に宣戦布告されてしまうのですから。

それは日本としても後から知った結果です。ソ連の策略は同盟だった英米もろくに知らなかった上に米政府の中にでさえソ連のスパイが多数、米国の知らぬ間に外交工作などで活躍していたのですから、日本にソ連の方針を予想するのはなおさら無理かと。

>早く降伏すればよかったのです。

特攻隊が大規模に行われていたときは国家の無条件降伏にこだわるルーズベルトがまだ健在ですね。「早く降伏すればよかった」というのは「国家の無条件降伏」を選択すればよかったといっているに等しいですよ。

ルーズベルト相手に史実と同じかそれ以上の講和条件を引き出させる案でもあるならば別ですけど。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 14:40
>> 「国家の無条件降伏」が「一番いい」なんていまでもだれも理解できないでしょうね。日本は最終的にそれを選ばずに済みましたから(笑)

>じゃあお前は、本土決戦するまで戦うべきだったと思うのですか?

史実を言っているだけなんですけど。いつ日本は「国家の無条件降伏」を選択したのですか?特攻隊が大規模に行われていたときは国家の無条件降伏にこだわり続けたルーズベルトです。

しかし、日本は「国家の無条件降伏」を最終的に選択せずに済みました。私は「本土決戦するまで戦うべき」なんて一言も言っていないのですけど。

>そもそも「無条件降伏」などと書いていませんよ。お前は馬鹿ですか?

しかし、ルーズベルトが健在だった時期は特攻隊が大規模に行われていた時期です。その時期に「早く降伏する」というのは「国家の無条件降伏を受け入れろ」といっているに等しいですよ。

何回もいいますが、もし、ルーズベルト相手に史実と同じか、それ以上に有利な講和条件をだせる外交政策があればぜひ教えてほしいものです。

>てゆうか土壇場まで愚図愚図していたからこそ、微妙な情勢になったのではないですか。

最終的に相手が講和条件を「条件付」にしたからですけどね。

>天皇がビビりまくっていたことを知らないのですか?

特攻隊とは無関係なのでその辺については管理人様が新たにブログかなにかで書くことが大事かと。

>もっともお前のような妄想の世界に生きる馬鹿にとっては、国土が焼き尽くされようとも「国体」は「護持」するべきだ、というのが理想なんでしょうな。

史実では国体は守り通したのだし、「国家の無条件降伏」を日本は選択しなかったのですから、史実は史実として、そのために死んでいった人々には敬意と感謝を忘れてはならない。

「史実は史実として受け入れる」。ただそれだけのことです。

史実以上に存在を少なくし、史実と同じかそれ以上の講和条件を引き出せる外交政策があれば私もぜひ知りたいものですので、管理人様、なにか思い当たったことがあればぜひ教えてほしいものです。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 14:56
うーむ、また間違えてしまった「存在」と「損害」を。管理人様にたびたびご迷惑をかけている(苦笑)

>ほう、やはり特攻には効果があったのですね。ということは戦争を長引かせ、より多くの軍人や市民を死に追いやったことになりますね。

あくまで敵の侵攻を遅らせているだけなのですから。それに特攻隊によって救われた沖縄県民の証言をご存知ですか?

効果があったからといって戦争を長引かせる要因になりませんよ。戦争を終わらせる気がないならば、ソ連を仲介とする講和を行ったり、終戦工作を始めていないはずですから。

戦争を長引かせている原因は「国家の無条件降伏」にこだわり続けたルーズベルトなんですけどね。アメリカ様に媚を売る気満々であるならば、ルーズベルトに触れないでおくのもいいのですけど。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 15:10
>特攻隊を恨みこそすれ、感謝はできませんねえ。

「犠牲者」といいながら、今度は「恨む」のですか。死者を鞭打つ行為は朝鮮半島や中国では悪いことではないようですけど、日本ではあまり歓迎されない行為ですね。

管理人様が中国か朝鮮半島の人であれば話は別ですが。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 15:29
Nissha様、反論ありがとうございます。

>米軍側の損傷隻数については資料によって諸説あるのは確かです。ただ、貴殿が言われる「損傷381隻」という数値が資料に基づいた根拠ある数値だったとしても、その次に、その「損傷」の内訳が問題となります。艦艇の「損傷」と一口に言いましても、小破・中破・大破とあります。
 特攻攻撃における最重要の目標とされたものの一つに、空母があります。実際、護衛空母に対して、特攻攻撃はかなりの損害を与えた模様です(護衛空母が商船規格で装甲が薄いのも影響したでしょう)。レイテ沖海戦で指揮をしたチェスター・ニミッツも、護衛空母が特攻攻撃で大破させられたと述べています。しかしながら、ニミッツはこうも言っています。(特攻隊の攻撃を受けたにも関わらず、護衛空母群は)
「この攻撃にもひるまず、損傷した二隻の空母は依然として陣列の定位置を去らず、迅速な応急修理を施して数時間以内には航空作戦を再び開始した」
のだと。

実際、護衛空母も陣形の中で多数の対空砲火、制空戦闘機に護衛されているのですから命中は難しいでしょうね。ただひとつ、小破、中破、大破といっても艦艇によって結果が異なるのです。

>要するに、米軍艦艇に特攻攻撃で多少の損害を与えたところで、米軍の圧倒的な物量、そして優れたダメージコントロール技術によって、そのような損害は容易に吸収されてしまったのです。

たとえば、空母の場合は攻撃力が航空機ですから大破したとしても流行不能にならず、限り航空機の離着艦が可能であるならば前線での活動はとりあえず可能です。しかしながら、逆に中波でも航空機を損失、あるいは理着艦不能になった場合は戦線にとどまれません。

申し訳ありませんが、チェスターニミッツはどこでこの戦果を目撃したのでしょうか?詳細説明お願いします。

ダメージコントロールというよりも収容している航空機が少なく、上空にいる航空機もほかの空母に着艦させてその後、米軍のことですから護衛空母に資材がつんであったのか、設計が簡素だったのかすぐに修復できた。と考えられます。現に硫黄島で中破したサラトガや沖縄諸島で大破したエンタープライズは本土に引き返し、前線へ戻ることはありませんでした。

これは艦上内での航空機の損失、あるいはエレベーターの破損による離着艦の不可が起因しています。

要するに、当たり所によるものであってこれは通常攻撃を行ったところで特攻より少ない損害で特攻以上の戦果を望めるかといえば疑問です。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 15:49
>例えば鉾田の陸軍教導飛行師団が、特攻作戦への戦術的見地からの反対論として、
>・武装,戦闘行動で(急降下爆撃に比べて)劣り結果的に不利
>・体当たりの最大の欠点は落速の不足にあり,爆弾の落速の二分
の一程度では装甲甲板を貫徹できず(特攻主張派の言う)一機一艦撃沈は無理

陸軍航空隊は艦船の撃沈を元に編成されたものではありませんから、出撃した特攻機の大半は戦闘機です。戦闘機が艦船攻撃任務に当たれば不利であるのは当たり前です。搭載できる爆弾も少ないですしね。

艦船といってもどれを示しているのか知りませんが、特攻機一機で与えられるダメージの破壊力は搭載兵器+航空機一機分です。そもそも搭載兵器に機体そのもののダメージが加わったことで破壊力が大幅に大きくなることは通常ありえません。通常艦船は当たり所にもよると思いますが爆弾一発では沈まないのですから、爆弾+αの破壊力で撃沈するのは不可能であることはだれでもわかることだと思います。

ただし、通常攻撃で特攻隊の損害以下で爆弾や魚雷が当てられるほどの航空兵力を当時日本が持っていたのかという当時の状況を把握してから対案を出していただきたいと思います。

>といった意見を出しています。実際、特攻攻撃の結果からも、敵艦への貫通力の弱さが指摘されています。

通常攻撃で特攻隊の損害以下で肝心の魚雷や爆弾を与えられる方法があれば、そっちの作戦を使うべきだったとも考えられますが、なにかありますか?

艦船攻撃を行う場合、魚雷、爆弾を命中させることが目的ですが、それを妨害するのが対空砲、および制空戦闘機です。制空戦闘機は撃墜することを目的にしていますが、対空砲は攻撃機を被弾させ、爆弾、魚雷の投下、命中を妨害することを目的に設置されています。撃墜が目的ではありませんから、航空機は搭載兵器を放棄して戦線を離脱することになります。

非常な説明で申し訳ないのですが、特攻隊だと、この妨害が通じないのでより兵器の命中率が通常攻撃より高くなる高航空作戦となるわけです。

>したがって、特攻それ自体に何らかの美徳を感じて行ったのでなければ、わざわざ人命を賭してするほどの作戦ではなかったのではないか、といえるのではないでしょうか。

失礼ながら再度、Nissha様に聞きますが、当時の航空兵力からして、特攻以外でそれ以下の犠牲と、それ以上の戦果を挙げられる方法があったのか、ということです。

ウルシー環礁を攻撃した銀河爆撃機14機のうち未帰還9機、空母1隻体当たりで損傷。戦線離脱した艦船なし。

昭和20年3月17日から3月21日にかけて行った艦船攻撃でも空母1隻大破、多数の艦船を損傷させるも戦線離脱は空母一席のみ。日本軍の未帰還機はわずか3日で160機。航空兵力1/3を消耗。

先行きがわからないあの当時で果たして通常攻撃の身で特攻隊よりも少ない犠牲でそれと同じかそれ以上の戦果を挙げる航空作戦が果たしてあったのでしょうか?

>貴殿が挙げられたウェブサイトにもあるように、特攻作戦とは、「もはや戦闘ではなく明らかに時間稼ぎ。集団自殺の強要でしかなかった」というのが実相ではないでしょうか。

時間稼ぎと戦闘の違いについて述べていただきたいのですが、当時は講和をする当てがなく、連合軍が本土に向けて間を空けることなく侵攻している時期です。これを少しでも遅らせるために戦果を挙げなければいけない。

特攻自体がそもそも「総率の外道」なので二度と実行すべき作戦ではないのですが、もし、史実とおなじかより有利な講和条件をださせる方法がこの時あったならばぜひ説明してほしいものです。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 16:34
>このような非道を行う日本軍に対して、連合国が「無条件降伏」をせまったのは当然ことと言えます(連合国は、「大日本帝国の無条件降伏」ではなく「大日本帝国に日本軍を無条件に降伏させること」を要求したのです)し、実際、日本軍は、無条件降伏、解体、武装解除を義務付けられました。

非道なアメリカは当初「大日本帝国政府を無条件降伏」させようとしたのですからこの条約から見ると日本にとって有利になったことは明確ですね。日本軍の無条件降伏は条約にも書かれているとおり「9.日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し、平和的かつ生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし。」といっていることから無条件ですべての武装を解除せよという意味なのですから日本軍将兵に対して連合軍がなにをやってもいいというわけではありません。

http://blogs.yahoo.co.jp/teikokubungaku/2894451.html

>米国人が、総体として日本人という民族に対して、「理解しがたい」という感情を抱いたのもまた、無理からぬことであると思います。

いままで戦ったアジア人が行ったことない、むしろ西洋人のほうが行っていた攻撃方法を全軍で行ったのですから恐怖の的だったでしょうね。いままでの防空が通じないのですから。しかしながらその行為は特攻隊を知らなくとも実情を知れば多くのアメリカ人は敬意を払うと思います。

実際に米軍が戦後、靖国神社を何回も参拝し、フィリピン現地でも特攻隊の慰霊祭にアメリカ人が参加しています。

真珠湾攻撃でも個人ですが、特攻した零戦搭乗員、飯田大尉が米軍によって突入地点に記念陣を立てたことも有名です。

もっとも、戦時中、米軍が無差別に市民を殺傷した上に日本兵捕虜を虐待し、遺体を切り刻んでお土産にして本国に送っていたことから、「理解しがたい」という感情を抱いたのはお互い様だと思いませんか?
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月08日 17:00
議論が拡散し、コメント数も多くなってきていることから、鷹嘴氏にご迷惑が掛かるのもあれですので、私からウィンド オブ ゴッド 氏への返答はこれを最後にしたいと思います。

>チェスターニミッツはどこでこの戦果を目撃したのでしょうか?

 引用元である『ニミッツの太平洋海戦史』C.W.ニミッツ、E.B.ポッター著(恒文社)によれば、ニミッツは直接目撃したのではなく、その旨の報告を受けたものと思われます。

>通常攻撃で特攻隊の損害以下で肝心の魚雷や爆弾を与えられる方法が
>あれば、そっちの作戦を使うべきだったとも考えられますが、なにか
>ありますか?

>当時の航空兵力からして、特攻以外でそれ以下の犠牲と、それ以上の
>戦果を挙げられる方法があったのか

>先行きがわからないあの当時で果たして通常攻撃の身で特攻隊よりも
>少ない犠牲でそれと同じかそれ以上の戦果を挙げる航空作戦が果たし
>てあったのでしょうか?

 単純に、特攻と通常爆撃を比較するならば、乗員の生命、機体の回収を考慮しなくて良い分、無謀な作戦の立案も可能になることから、特攻もそれはそれで大きな戦果を挙げることが可能な攻撃方法であるとは思います。
 しかしながら、何度も言いますように、乗員の生命を考慮しない攻撃方法というのは、そもそも「禁じ手」なのであります。通常爆撃や、燃料も尽き、母艦への帰還の見込みもなくなった爆撃機が仕方なく行う体当たり攻撃などとは、同列にできるものではないのです。
 そもそも、特攻しかほかに手立てがないような状況になるまで戦争をやるのがおかしい、と言ってしまえばそれまでなのですが、流石にそれでは身も蓋もありませんので、そうは言いません。
 しかし、行為当時の軍人の感覚からしても、「外道」とされたような作戦を、他の作戦や講和の道も精神論一本槍で蹴飛ばし、未来ある若者へ死を強要し、その結果得られた「戦果」が、米軍の沖縄上陸を数日遅らせただけにすぎないと。これでは特攻隊員も浮かばれんでしょう。後知恵による批判という反論は免れないとは思いますが、特攻攻撃については、いかなる肯定的価値判断もできかねます。
 当時の日本は、講和もできない状況に追い込まれていたのか。確かに、連合国側が用いた「無条件降伏」なる言葉に、日本が過剰反応してしまった、という点に、連合国側の落ち度を指摘できるかもしれません。しかし、国体だか国家の面子だか知りませんが、そんなものの護持のために外交を軽視し、講和の機会を徒過し、多くの国民の命を失わせた大日本帝国の軍部及び政策決定者の責任は、限りなく大きいと私は考えます。「天皇の赤子」たる臣民の命を無駄にした、という点は、行為当時の感覚からしても、重罪であり、天皇に対する不敬だったのではないでしょうか。
 このような背景からも、特攻隊員に対する現代日本人の想いが多用なものとなることは、当然のことであり、そもそも鷹嘴氏が問題とされた記事のように安易に「感謝するべきだ」などというべきではないと考えます。特攻に対する想いは人それぞれであり、否定的な見解を示すことに対して、「アメリカさまに媚を売りたいがため」などということは、ナンセンスであります。残念ながら、私は、ウィンド オブ ゴッド 氏のこのような発言からは、特攻攻撃に対する過度の美化や日本軍の失敗を糊塗しようとする意図があるのでは、と勘ぐってしまうのです。
Posted by NISSHA at 2007年05月09日 00:52
NISSHA様 再び反論をありがとうございます。詳細をわかりやすく書いていただき、こちらとしてはありがたい限りです。

それと修正すべき箇所があったのでここで

ソ連以外に仲介してくれる可能性ある列強国が投じなかったのです→ソ連以外に仲介してくれる可能性がある列強国が当時いなかったのです。

>しかしながら、何度も言いますように、乗員の生命を考慮しない攻撃方法というのは、そもそも「禁じ手」なのであります。通常爆撃や、燃料も尽き、母艦への帰還の見込みもなくなった爆撃機が仕方なく行う体当たり攻撃などとは、同列にできるものではないのです。

当時の戦術目標たる「艦船の撃沈、撃破」に乗員の生命を考慮できる方法が存在しなかったことはマリアナ沖海戦やウルシー環礁攻撃、昭和20年3月17日から21日にいたるまでの艦船攻撃で立証されたものと当時の搭乗員も指揮官も判断したものだと思います。

敵に与えた損害に対する見方の損害がこれを見事に証明しているものだと考えます。当時の指揮官、搭乗員の立場になってみれば、損害からして通常攻撃と特攻の区別はもはやあまりなかったと考えるべきなのではないのでしょうか?わずか三日間の戦闘で1/3もの航空機を未帰還によって失われていますので、単純計算すれば一週間足らずで壊滅状態になります。

通常攻撃でも撃墜されなくとも被弾状況によって燃料の流出やエンジン、尾翼などの破損によって帰還不可能となるか修理不能となり、投下位置についたときは被弾状況が激しく、戦線の離脱や帰還が不可能となっている状況がもはや当たり前ではなかったのかと思います。

現に米軍の制空戦闘機と対空砲火のすさまじさがマリアナ沖海戦や台湾沖航空戦がそれを証明しています。

この場合は体当たりをする可能性も極めて高くなります。現に真珠湾で航空基地に特攻した飯田大尉も原因は被弾による燃料流出によって帰還が望めなかったことにあります。

ながくなったので続きます
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月09日 12:17
>当時の軍人の感覚からしても、「外道」とされたような作戦を、他の作戦や講和の道も精神論一本槍で蹴飛ばし、

私の知る限りでは末端の将兵は別として大東亜戦争において特攻攻撃以外の作戦や講和を精神論一本槍で蹴飛ばしたという史実は私の知る限り存在しません。われわれは結果を知っているものの当時生きていた人に今われわれがしる結果は知らないわけですから、結果論の身で当時の状況を批判するのは無意味であるとだけ述べておきます。

>未来ある若者へ死を強要し、その結果得られた「戦果」が、米軍の沖縄上陸を数日遅らせただけにすぎないと。これでは特攻隊員も浮かばれんでしょう。

沖縄に米軍が上陸した日は4月1日。予定日は3月1日だったので数日どころか一ヶ月も遅らせています。

また、死を強要したのはほかでもない、無条件降伏にこだわり続けたルーズベルトです。

もっとも、軍を戦場に投入すること自体、死傷者の損害も計算のうちに入れなければならずい、厳密に言えば軍隊を戦場、作戦区域に投入する時点で「死を強要している」といってもいいでしょう。

>後知恵による批判という反論は免れないとは思いますが、特攻攻撃については、いかなる肯定的価値判断もできかねます。

私自身も特攻攻撃について肯定する発言は一言も言っていないはずです。死んでいった特攻隊員には感謝すべきであり、敬意を払うべしとは主張していますが。

そもそも特攻隊の設立者でもある大西瀧治郎中将自身も内地に帰還しても官舎にとどまり、家族とも会わずに玉音放送が流れた日に「特攻隊に感謝する」という遺書を書いて割腹自殺し、8時間にもわたる苦痛と苦しみの中で息を引き取りました。

なんで、これほどの覚悟をしてまで特攻を行ったのか?見せ掛けだけの精神論では絶対に実行できないものですね。

>当時の日本は、講和もできない状況に追い込まれていたのか。確かに、連合国側が用いた「無条件降伏」なる言葉に、日本が過剰反応してしまった、

「国家の無条件降伏」は通常、これを受け入れた国は何をされてもいいということですから、過去に米英やそのほかの連合国がフィリピンや米国のインディアン、そのほかのアジアの植民地でなにをやったかを考えれば、また、戦時中も日系人や日本人捕虜になにをやっていたかを考えれば過剰反応しなくとも到底国民が全体として受け入れられるものではないかと考えます。

続きます
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月09日 12:42
>しかし、国体だか国家の面子だか知りませんが、そんなものの護持のために外交を軽視し、講和の機会を徒過し、多くの国民の命を失わせた大日本帝国の軍部及び政策決定者の責任は、限りなく大きいと私は考えます。

外交を軽視していれば日本は米国に対して「甲案」「乙案」なんて出さなかったでしょうし、ハル・ノートを米国が差し出した時点でどう日本を批判的に見ても外交を軽視していたのは世界中のすべての国だと思います。

国家や国体の面子以前に、国家や国体が機能していなければ国民がいくら優秀でも国そのものの維持はできないわけですから国の存亡であったと「国家の無条件降伏」にこだわったルーズベルトが健在の米国を相手している当時の日本人は認識していたと思います。

>「天皇の赤子」たる臣民の命を無駄にした、という点は、行為当時の感覚からしても、重罪であり、天皇に対する不敬だったのではないでしょうか。

講和条件を結ぶ機会があれば直ちに結んでいたしょうが、当時の世界において日米戦の講和を結んでくれる中立的な列強国がなかったわけです。最終的に当時、内部が怪しく信頼もあまりできないソ連しか選択できませんでしたが。外交を軽視指定ならばソ連を仲介にすら選ばなかったでしょうからね。

>このような背景からも、特攻隊員に対する現代日本人の想いが多用なものとなることは、当然のことであり、そもそも鷹嘴氏が問題とされた記事のように安易に「感謝するべきだ」などというべきではないと考えます。

日本軍や政府に軍民の犠牲の責任を一方的に押し付ける行為は特攻隊に対する想いの多様にはなりません。

特攻隊は二度とやるべき作戦じゃないことに異論はありませんが、特攻隊員自身について「犠牲者」「無駄死」「犬死」「感謝しなくてよい」、あるいはNisshaさまのように「感謝するべきだ」などというべきではないと考えます」。なんて発言が許せるわけがありません。自らの犠牲のために他人を生かす行為を否定しているものであって少なくとも日本においてこのような行為が肯定されるはずがありません。

特攻隊出撃の基地であるフィリピンのマバラカット基地で、現地の人が特攻隊員をどのように思っているのかを見ればいかに「特攻隊員に対する現代日本人の想いが多用なものとなること」が道徳としてかけ離れているのかがわかります。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/kamikaze_philipine.html

このほかにも外国人から見た特攻隊の感想が書かれています。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/gaikoku_kamikaze.html

当時の特攻隊員の遺書を読めばわかりますが彼らは国と家族を守るため、即ち、国体を守るために苦しい選択の末に最終的には必死の出撃に志願したのです。

>特攻に対する想いは人それぞれであり、否定的な見解を示すことに対して、「アメリカさまに媚を売りたいがため」などということは、ナンセンスであります。

これを否定的に述べた当事者が9.11テロを特攻隊になぞらえたのがアメリカです。そして、戦後、アメリカは日本との約束を破って戦争の責任を「戦犯」として日本の当時の指導者を一方的に事後法で裁き、検問統制によって日本の行った行為を「悪」と日本人を洗脳しました。当然、特攻隊も「無駄死」「悪の手先」と言われているに等しい行為です。

アメリカが日本に対して行った行為を棚上げして
その責任を「戦前戦中の人間が滅茶苦茶にしたこの国」として戦前戦中の人間、ようするに特攻隊員を含む当時のすべての日本人に押し付ける好意はアメリカに媚を売っているという以外の何者でもありません。

>残念ながら、私は、ウィンド オブ ゴッド 氏のこのような発言からは、特攻攻撃に対する過度の美化や日本軍の失敗を糊塗しようとする意図があるのでは、と勘ぐってしまうのです。

私自身、特攻攻撃は肯定する発言をしたことは一度もありません。それに私は「日本軍の失敗を糊塗」使用としているわけではなく、当時の史実として当時の状況を述べているだけです。史実を知る上で当時の状況を分析した上で反省するべき点は反省するべきでこれからの教訓に生かす必要がありますが、過剰な酷評、批判は教訓にもならなければ反省にもなりません。

史実に登場する人々はわれわれと違ってわれわれが知る結果を知らなければ我々が後から知った事実もまた知りません。彼らから見た当時の情勢と我々が知っている当時の情勢もまったく違いますのでこの誤差をなるべくなくして当時の状況を分析しなければ史実を教訓に生かすことは難しいことかと考えます。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月09日 13:25

> 「感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。」といった管理人様への反論なんですけどね。ご自身が書いた内容をお忘れになりましたか(笑)

面倒臭いけど、最初からやり直してあげましょうか。


【これが俺の最初の書き込み】
「何曜日だか忘れたがテレ朝「スーパーモーニング」で、またあの橋下徹というバカがバカなことをほざいていた。
石原の特攻隊映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」が紹介されていて、
橋下は、
「特攻隊を美化してはいけないが、感謝するべきだ。戦後の日本が発展したのも彼らのお陰・・・」
とか言い出した。
たしかに特攻隊も戦争の被害者だが、なんで感謝しなきゃなんねえんだ?
何度も言うけど戦後の日本人が何とか暮らしてきたのは、戦前戦中の人間が滅茶苦茶にしたこの国で、戦後の人間が汗水垂らして働いてきたからじゃねえか?感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。
橋下は「戦争は絶対反対だ」などとほざきつつも、戦死者を美化することによって日本の侵略戦争も美化しようとしてるんじゃねえか。「靖国神社は戦死者を追悼してるだけ」とかほざく連中と同じ手口だな。
まあ、あの橋下徹というバカが計算してやってるとは思えんが・・・ 」

【そしてお前のコメント】
「死者に感謝することが侵略戦争への美化だったらお盆の日の墓参りなんかできないね(笑)」

改めて、これにレスしてあげますよ。

「橋下は、終戦後何十年も経ってから生まれた不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と言ったのです。
墓参りなんか全然関係ありません。墓参りするのは普通、遺族か知人や関係者だけですよね?
遺族や知人が故人に感謝の念を抱くのは、まあ自然でしょう。これを戦争の美化だとは言いません。
しかし遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と要求するのは、
戦死者を美化し、戦争を美化することになるのです。私はそういうことを書いたのです。
しかしお前は、遺族や知人と戦死者の関係と、現代の不特定多数の日本人と戦死者の関係を、
ごちゃまぜにしたのです。途方もない馬鹿ですね」

また、こういう橋下の主張は、靖国神社の主張と同一なので、あのように荒っぽく書き捨てたのですが、
お前のような血の巡りの悪い奴のために、
「靖国神社に類する思想と、お墓は無関係です」
と、言い換えてあげます。
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月09日 17:08

> それは航空機による空襲であって迎撃戦闘機と震天制空隊(爆撃機に体当たりする決死隊(特攻ではない)が引き受けているので特攻隊とは無関係なのですけど。

> これも特攻隊とは無関係です。このとき、特攻隊は編成、出撃していません。それに特攻隊はあくまでも艦船が目的であってゲリラや補給にはなんら役に立ちません。

> リンク先読みましたか?沖縄では特攻隊が突入するとき、米軍の攻撃がすべてそちらに向けられるので、水を汲みにいくことができたと。これって特攻隊が沖縄の市民や軍人の盾になっている例かと。

この話は、
「彼らのおかげで救われた命もあり、その救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。」
というコメントに俺がレスし、それに対する横レスだったのですが、
お前の説明によると、特攻隊は沖縄の地上戦開始を少々遅らせただけ、だったのですか!

ということは、
「彼らのおかげで救われた命もあり、その救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。」
という発言は嘘っぱちであり、お前の横レスも意味がなかった、ということになりますね。つまり特攻隊が日本人を守ったなどというのはまるで嘘なのですね。

それと、ここだけじゃないけどわざわざリンク先読んでくれると思ったら大間違いですよ。読ませたきゃ該当部分をコピペすることですな。


> ソ連の策略は同盟だった英米もろくに知らなかった上に

あのー、ヤルタ会談って知ってますか?
その一年以上前に、スターリンがアメリカの国務長官ハルに通訳を介して何を伝えたか知ってますか?
歴史を妄想で語るのはおよしなさい。

> 日本にソ連の方針を予想するのはなおさら無理かと。

それ以前の問題です。
あろうことか日本政府はソ連に、独ソ講和を持ちかけていました。
もう一歩で勝てるのになぜ講和しなければならないのでしょうか?
ヒトラーがルーズベルトに「日本と停戦してくれ」と頼むようなものです。
当時の日本は軍部だけでなく外交面も救いようもなく愚劣だったということです。

>>早く降伏すればよかったのです。

> 特攻隊が大規模に行われていたときは国家の無条件降伏にこだわるルーズベルトがまだ健在ですね。「早く降伏すればよかった」というのは「国家の無条件降伏」を選択すればよかったといっているに等しいですよ。

「国家の無条件降伏」も別に悪くはなかったと思いますが?
「特攻隊が大規模に行われていたとき」はまだ原爆は投下されていません。ソ連も参戦していません。
国民の生命と、「国体の護持」と、どちらが大切ですか?
結局お前のような人間は後者を挙げるんでしょうねえ。
まあ社会的に立場のある人間がそういう主張をするのは困ったものですが、
お前のような頭が弱いネトウヨがそういう戯言をいうのは、まあ一種の社会現象ですから笑って見逃してあげます。
これから生きていくのが大変でしょうけど、まあそれなりに頑張って下さいw

>> 特攻隊を恨みこそすれ、感謝はできませんねえ。
> 「犠牲者」といいながら、今度は「恨む」のですか。死者を鞭打つ行為は朝鮮半島や中国では悪いことではないようですけど、日本ではあまり歓迎されない行為ですね。
> 管理人様が中国か朝鮮半島の人であれば話は別ですが。

はて、死者に鞭打つ言動は日本ではタブーなのでしょうか?
松井やよりさんが亡くなったときは、まさに「死者に鞭打つ言動」がネット上に溢れていましたが?

そういうわけで私は裕仁などの死者に鞭打っていきたいと思います。
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月09日 17:10
>>「感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。」といった管理人様への反論なんですけどね。ご自身が書いた内容をお忘れになりましたか(笑)

>「橋下は、終戦後何十年も経ってから生まれた不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と言ったのです。

その中には特攻隊員の遺族や親類、そして進行のあった方々も含まれていることは明確ですよ。

>墓参りなんか全然関係ありません。墓参りするのは普通、遺族か知人や関係者だけですよね?

墓参りも慰霊祭同様立派に魂を感謝する行いですよ。「遺族か知人や関係者」を区別する意味を示すことを最初の書き込みに書いておかないと区別したことになりませんよ。

責任逃れのための歪曲以外の何者でもありません。

>遺族や知人が故人に感謝の念を抱くのは、まあ自然でしょう。これを戦争の美化だとは言いません。

管理人様の言う「最初の書き込み」には「遺族や親類、知人」を区別する書き込みがまったく書かれていません。よってどう読んでも「責任逃れのための歪曲」以外の何者でもありません。

とはいえ、こちらも一番簡単な例として墓参りを述べたのですが、簡易すぎて誤解を生んでしまったようですね。

それについては申し訳ありません。では、特攻隊が知人、戦友、遺族以外にもいまでも感謝すべき存在として全国各地で行われている慰霊行事について再度紹介しておきます。

http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-4yotei.htm

この中には当然、「みたままつり」も含まれています。もし、「感謝するべき存在ではない」というならば各地の慰霊祭、慰霊行事は行われないはずですからね。

「感謝するべき存在だと持ち上げることは、美化することと同義じゃねえか。」といった管理人様

全国各地で行われている慰霊祭、慰霊行事を即座に弾圧して中止させよという立場なんですか(笑)

ついでにどこに「遺族や知人」の区別を示す箇所が管理人様の最初の「最初の書き込み」に書かれているのですか?説明お願いします。

長くなったので続きます。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 13:34
>しかし遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と要求するのは、
戦死者を美化し、戦争を美化することになるのです。

>特攻隊も戦争の被害者だが、なんで感謝しなきゃなんねえんだ?
>私はそういうことを書いたのです
戦争の被害者に「遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に感謝すること」が「戦争を美化することになる」のだったら原爆や空襲でなくなった人の為の慰霊祭もできやしない(笑)

もっと言い例として「沖縄全戦没者追悼式」もできやしない。

それとも管理人様は原爆や空襲でなくなった人々、ひめゆり隊や戦没した沖縄県民もアメリカに媚を売りたいばかりに被害者として扱わないのでしょうか(笑)

>しかしお前は、遺族や知人と戦死者の関係と、現代の不特定多数の日本人と戦死者の関係を、
ごちゃまぜにしたのです。

最初の書き込みで明確に区別せずにあとから言い訳してごちゃ混ぜにしたのは管理人様ですけど。最初の書き込みのどこに「知人、遺族」を区別する書き込みが書かれているのでしょうか?

>また、こういう橋下の主張は、靖国神社の主張と同一なので、あのように荒っぽく書き捨てたのですが、

靖国神社は祀って慰めているだけで「感謝するべきだ」なんてどこにも書かれていませんよ。

>「靖国神社に類する思想と、お墓は無関係です」と、言い換えてあげます。

霊を祀り、慰める場所という明確に共通しているところがありますから、無関係とはいえません。もしかして、墓地で行われる慰霊祭は存じませんか?千鳥ヶ淵戦没者墓苑を。これはお墓で行われる慰霊祭で、霊を慰めるという神社の方針を墓でも明確に行われていますね。

http://homepage2.nifty.com/boen/
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 14:05
>お前の説明によると、特攻隊は沖縄の地上戦開始を少々遅らせただけ、だったのですか!

ちゃんとご自身が書き込みしたブログのスレッドくらい読んでほしいものです(苦笑)

>>沖縄に米軍が上陸した日は4月1日。予定日は3月1日だったので数日どころか一ヶ月も遅らせています。

「一ヶ月」がわずかならばこの期間よりも史実と同じかそれ以下の犠牲で遅らせることができたのならばぜひ、説明お願いします。

>ということは、
「彼らのおかげで救われた命もあり、その救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。」
という発言は嘘っぱちであり、お前の横レスも意味がなかった、ということになりますね。つまり特攻隊が日本人を守ったなどというのはまるで嘘なのですね。

>それと、ここだけじゃないけどわざわざリンク先読んでくれると思ったら大間違いですよ。読ませたきゃ該当部分をコピペすることですな。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/tokko_episode/okinawanohitobito.html

当時、高女生であったというその女性は、
 「特攻隊の突入のおかげで救われました」
 という。

 鉄の暴風と称われた米軍の間断ない艦砲射撃も、特攻突入のその時だけは、砲撃はすべて特攻機に向けられる。
 女学生たちは、その隙を狙って洞窟から飛びだし、いのちの水を汲みに走った。
 「いまでも、特攻の人たちには感謝しています」
  と、その老女は涙をにじませる。

引用:「特攻隊員の命の声がきこえる」

この沖縄県民が証言したのは戦後であって、あの戦争を生き残ったのは明確ですね。「特攻機が突入している間、米軍の攻撃が特攻機に集中するので水を汲みにいけた」といっていることから。

この沖縄県民のように特攻隊員によって救われた命があり、彼ら、彼女らが生き残って戦後の復興に大いに活躍したことは明確な事実です。

「『特攻隊に救われた命が、後の日本を(朝鮮特需等の偶然が重なったとはいえ)復興させたのですよ。』という発言は嘘っぱち」という発言のはこの沖縄県民の存在を根元から潰す非人道的な発言です。

続きます
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 14:23
>あのー、ヤルタ会談って知ってますか?
その一年以上前に、スターリンがアメリカの国務長官ハルに通訳を介して何を伝えたか知ってますか?
歴史を妄想で語るのはおよしなさい。

ヤルタ会談では明らかに当初の米国の目的でもあった満州はおろか、千島やサハリンもソ連にくれてやるという契約が結ばれましたよね。対日参戦をソ連に約束すれば共産主義が中国に蔓延するのにルーズベルトは「スターリンには領土拡大の野心はないし、現実主義というところも信頼できる」と米国が食い止めていたはずの帝政ロシアからの野望を明け渡してしまいましたね。

見事にソ連の方針を読めていなかった事例かと。

ちなみにハル・ノートの作成者のホワイト商務長官もソ連のスパイだったことが後に明らかになり、米国に赤狩りが蔓延したことから米国はソ連に操られていた上にソ連の内情もまったく知らなかったことが明確であったかと。ヤルタ会談の内容見れば明らかです・

> 日本にソ連の方針を予想するのはなおさら無理かと。

>それ以前の問題です。
あろうことか日本政府はソ連に、独ソ講和を持ちかけていました。

日本としては米英の強制がありましたからね。日独ソ伊の四国同盟を結ぶという方針があり、ソ連に対しても不拡大方針を採っていたことから独ソ講和を持ち込んでも不思議ではありませんが。

>もう一歩で勝てるのになぜ講和しなければならないのでしょうか?

というと、当時は日本は戦う以外に選択権がなかったということに納得してくれましたか?

>当時の日本は軍部だけでなく外交面も救いようもなく愚劣だったということです。

酷評するのは簡単ですけど、対案がなければ無意味であるということだけ述べておきましょう。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 14:32
>「国家の無条件降伏」も別に悪くはなかったと思いますが?

すくなくとも、国民が納得しなかったでしょうね。フィリピンや米国のインディアン、そのほかのアジアの植民地でなにをやったかを考えれば、また、戦時中も日系人や日本人捕虜になにをやっていたかを考えれば過剰反応しなくとも到底国民が全体として受け入れられるものではないかと考えます。

>「特攻隊が大規模に行われていたとき」はまだ原爆は投下されていません。ソ連も参戦していません。

しかしながら国家の無条件降伏に意欲を燃やすルーズベルトが健在です。

>国民の生命と、「国体の護持」と、どちらが大切ですか?

インディアン、フィリピン人、日本人を無差別に虐殺した相手に国家の無条件降伏を受け入れた状態で国民の財産と生命の安全を保障できるという証拠を示した上で説明しなければ国民の生命を大切にすることは無理かと思います。

>結局お前のような人間は後者を挙げるんでしょうねえ。

対案があれば説明してほしいだけです。

>はて、死者に鞭打つ言動は日本ではタブーなのでしょうか?

すくなくとも、日本では歓迎されない行為です。

>松井やよりさんが亡くなったときは、まさに「死者に鞭打つ言動」がネット上に溢れていましたが?

どこのHPか存じませんが、ネット=日本 ではありません。

朝鮮、中国を述べていることから社会的価値観を述べていることが明確です。ネットでみたからといって国や社会という「公」の立場で死者を鞭打つことが歓迎されるはずがありません。中国や朝鮮半島では公の場所でこれを行っていますが。

>そういうわけで私は裕仁などの死者に鞭打っていきたいと思います。

「死者に鞭打っていきたい」という発言をなされるならば靖国神社問題や歴史問題など、社会という公に関連する内容は書き込まないほうがよろしいかと。

ご自身が「日本の『公』という社会的集団に属する感覚を持ち合わせていない」と断言しているに等しい行為で、書き込み内容の説得力が日本語で書かれている以上、低下してしまうことは明らかです。これは松井氏が亡くなったときに、まさに「死者に鞭打つ言動」をした人の投稿内容でも同じです。

長い書き込み失礼しました。以上です。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 14:55
すみません、追加します。管理人様が引用してほしいというので長くなりますが。

>しかし遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と要求するのは、戦死者を美化し、戦争を美化することになるのです。

>橋下の主張「「特攻隊を美化してはいけないが、感謝するべきだ。」は、靖国神社の主張と同一

遺族、知人いがいの人が特攻隊に感謝するべきではないのならば特攻隊が出撃した基地の跡地に住んでいるフィリピン人や靖国神社に公式参拝した国々も「戦死者を美化し、戦争を美化」していることになりますね。日本人限定というならば更なる説明が必要となります。

管理人様は彼ら、彼女らも「戦争を美化し」ている人々とみなすのですか?日本人限定ならばなぜに海外の人々は容認されて日本人はだめなのですか?人種差別を思わせる発言になりかねませんので説明お願いします。

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/kamikaze_philipine.html

神風特攻隊はフィリピンで英雄だった

慰霊祭の取材にやってきたフィリピン人ジャーナリスト・ジョジョ・P・マリグ氏(25)は語る。「この式典は日本とフィリピンの関係を知るよい機会です。私は先の大戦で戦ったすべての愛国者は”英雄”だと考えています。とりわけその尊い生命を国家に捧げた神風特攻隊員は尊敬すべき”英雄”だと思います。またカミカゼ・アタックを決断した大西瀧治郎中将も本物の”武士”です」
  フィリピン空軍軍楽隊の奏でる勇壮な『軍艦マーチ』が、マバラカット飛行場を見下ろすリリー・ヒルの大地を揺さぷった。
  かつて大東亜戦争の”天王山”とまでいわれたフィリピン決戦。
  圧倒的物量にものをいわせて押し寄せる米軍に、反撃を試みる日本軍に残された手段は、もはや250kgの爆弾を抱えて敵艦に体当たりする特攻攻撃しか残されてい なかった。
  昭和19年10月25日、関行男大尉の率いる神風特別攻撃隊「敷島隊」の5機は、ルソン島西部のマパラカット飛行場から出撃し、レイテ湾のアメリカ艦隊に突入していったのである。
  この特攻攻撃を皮切りに、終戦までに陸海軍合わせて3375機の特攻機が出撃し、4279名の命が散った。もっとも、特攻攻撃を受けて沈没・損傷した連合軍艦艇は350余隻を数え、連合軍将兵を震えあがらせた。
  こうした神風特攻隊も戦後の日本では”戦争の悲劇”の代名詞としてしか語られていない。
  ところが、”カミカゼ”を生んだフィリピンではその捉え方がまっ たく違っていた・・・。
  式典に参列したダニエル・H・ディゾン画伯(70)は静かに語る。「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。・・・こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを”誇り”に思っています」
  1974年(昭和49年)、特攻隊の生き様に感動したディゾン画伯は、神風特攻隊慰霊碑の建立を思い立ち、マバラカット市長に進言した。そして画伯が感銘を受けた『神風特別攻撃隊』の著者である中島正氏(元201航空隊飛行長)・猪口力平氏(元第1航空艦隊参謀)の協力を仰ぎながら、やっとの思いでマバラカット飛行場跡地に慰霊碑を建立することができたのだ。
  しかし、残念ながらこの慰霊碑は、先のピナツボ火山の噴火によって喪失してしまったのである。Kamikaze Memorial Society of Philippines(フィリビン・カミカゼ記念協会)の会長を務めるディゾン画伯の自宅には、自らの手になる「敷島隊」


ピナツボ火山の噴火で埋もれてしまったが、特攻隊飛行場跡の慰霊碑建立に奔走したディゾン画伯(肖像画は画伯の手になる特攻隊員のもの。左上が関行男大尉)
の5人(関行男大尉・谷暢夫一飛曹・中野盤雄一飛曹・永峯肇飛長・大黒繁男上飛)の肖像画を掲げた、「カミカゼ・ミュージアム」が設けられている。
  肖像画の前に立ったディゾン画伯は、「関行男大尉」を見つめて再び語りはじめた。「私は、ヨーロッパ・アメリカ・中国・フィリピンの歴史観を様々な角度から検証してみました。その結果、なぜ日本が立ちあがり、戦争に打って出たのかがよくわかったのです。そして日本が、欧米列強の植民地支配に甘んじていたアジア諸国を叱責した理申も理解できたのです」
  私の方に向きなおった画伯は右手に拳をつくって語気を強めた。「当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は、世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の”抵抗”だったといえましょう」
  そしてディゾン画伯は、両手を固く結んで私に託すのだった。
 「神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです・・・」
  東南アジア諸国の中でも「反日的」と思われがちなフィリピンで、こんな考えを持つ人物に出会うとは思わなかった。
  さらに、私にはディゾン画伯の、「私達フィリピン人は白人支配の犠牲者ですょ」という言葉が耳について離れない。
  この”疑問符”を取り払ってくれたのは、地元通訳のマリオ・ピネダ氏(73)の証言だった。
 「かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。これは日本が統治下で施した”教育”の成果です。・・・・ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ぱせてもらえなかった。人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした」

続きます
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 16:40

慰霊祭でフィリピン空軍軍楽隊が演奏したのは、なんと「軍艦マーチ」だった。
  ”自由””民主主義”というアメリカン・イデオロギーだけでなく、あらゆる”メイド・イン・USA”を世界一と驕るアメリカは、植民地フィリピンに対して愚民化政策を行なっていたというのだ。
  そしてピネダ氏は、「フィリピンは今でもアメリカのパペットレジーン(操り人形)ですよ」と呟き、苦笑いを浮かべた。
  ディゾン画伯と同じく、ピネダ氏もまた”白人対有色人種”という意外な視点で歴史を見つめていたのである。
  アジア人でありながらその多くがスペイン風の名前を持ち、かつては英語を強要されたフィリピン人なればこそ、こうした地球大の尺度を持てるのだろう。
  これまでフィリピンが”親米反日的”と思われてきたのは、大東亜戦争でこの地が日米両軍の決戦場となったからにほかならない。日本軍はこの地で約50万人(全戦没者の約4分のl)の将兵を失ったが、戦場となったフィリピンの人々は一般市民を含むl80万人が犠牲となった。
  ところが、こうしたフィリピン人犠牲者の多くは、アメリカ軍の無差別爆撃や艦砲射撃によるものだったのである。むろん、この事実を地元の人々が知らないわけがない。
  日本人にとってのこうした”初耳”は、数え上げれぱ枚挙にいとまがない。
  例えぱ、米比軍捕虜を約60kmにわたり歩かせたという「バターン死の行進」。これは、一般に日本の「蛮行」といわれている。だが、ある地元民は私にこう語った。「実は、日本軍は、米比軍捕虜をサンフェルナンドからカパスまで汽車で護送しています。捕虜達を虐待するために歩かせたように言 われるが、そんなことはない」


バンバン村の子供達は、村を去る日本人慰霊団を日章旗を振って見送った。
また日米の攻防戦が繰り広げられたサマット山頂の博物館には、 日本軍が地元住民に医療処置を施し、友好的な交流があった事実を物語る写真が堂々と掲げられてもいる。
  在比邦人何けテレビ局「WINSチヤンネル」のキャスターでウインズ・インターナショナルの社長・水島総氏(51)は、このあたりについて次のように説明する。「フィリピン人は日本で伝えられているような”反日”などではなく、むしろ親日的ですよ・・・。フィリピンの人々は戦争に対しては日本人よりも”リアリスト”です。戦争があれぱ多少なりとも悲劇はあると、現実的な考え方をしています。ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどとは思っていません」
  異民族の侵略を受けつづけたフィリピン人の痛覚は、ダイナミックな歴史観と確固たる愛国心を生んだ。そしてそんな土壌にこそ”英雄”を敬う気風が育まれたに違いない。事実、この国の国歌にも「誉れ高い英雄達の生まれた国を崇めよ」という一節がある。だからこそフィリピンの人々は、国を守るために生命をかけた神風特攻隊を”英雄”と称えるのだろう。
  外国人の日本人観に多大な影響を与え、大東亜戦争における日本の精神的象徴ともいえる神風特攻隊は、フィリピンの人々に敬われ、そしてその勇気が称賛されている。 我々日本人はこうした現実も、認識する必要がありはしないか。

「カミカゼ・パイロットはヒーローです」

 同じ10月25日、タルラック州バンバン村でも神風特攻隊の慰霊祭が行なわれた。
  この村でも地元住民は村を挙げて日本の慰霊囲を歓迎した。そして、冒頭に記したように、帰路につこうとする我々を子供達は「日の丸」の小旗をちぎれんぱかりに打ち振って見送ってくれたのである。日本人参列者はこの光景に胸を詰まらせていた。頬を濡らす者もいた。


「カミカゼ・パイロットはヒーロー」と言い切る女子学生達
子供達の「日の丸」行進はどこまでも続いた。式典に参加した地元サン・ロック高校の女子学生達は声を揃える。
「Brave!」(勇敢)
その中の一人が続けた。
「フィリビンにも”英雄”はたくさんいます。ですから私達も神風特攻隊という日本の”英雄”をたいへん尊敬しています・・・・」
  引率の男性教師は、「こうした歴史教育を通して、子供達に国を守ることの大切さを知ってほしいのです」と話る。
 私は学生達にもう一度訊いた。
「君達は、カミカゼのパイロットを尊敬しているのですね」
  屈託のない笑顔で皆は答えた。
「もちろんです!だってあの人達はヒーローですもの・・・・」

以上

SAPIO(小学館)2000年12月20日号 より
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 16:40
続きです。

長くなって申し訳ありません。

次は特攻隊員も祭られている靖国神社に公式参拝した軍人を除く海外の要人をご紹介いたします。

中華民国 張道藩 立法院院長一行 参拝
ビルマ(現ミャンマー)政府最高顧問 ウー・ティ・テイラ大僧正 参拝
パナマ共和國駐日大使 リカルド・マルティニェラ氏 参拝
トルコ共和國国防大臣(=副首相) エテム・メンデレス氏 参拝
ビルマ(現ミャンマー) ウー・ヌー前首相 参拝
アルゼンチン フロンディシ大統領ご夫妻 (戦後初の元首参拝)
タイ プミポン国王ご夫妻  参拝 (中村元司令官が名代
ビルマ連邦共和国(現ミャンマー) タイセン労働大臣 参拝
ベトナム(当時の南ベトナムのこと)駐日大使 クエンドウイ・クワン氏 参拝
ペルー大使 ホセ・カルロス・フェイレイドス氏 参拝
米國・沖縄民政府政治顧問 ジェームス・マーチン夫妻 参拝
ブラジル・カトリック ドンジャイネ司教 参拝
オーストラリア出身 トニー・グリン神父(奈良カトリック教会神父) 参拝
オーストラリア メリーア・アッシュバーナー夫人 (旧海軍軍人から「海軍おばさん」と親しまれていた)参拝
ニューギニアの国会議員M・T・ソマレ氏とハニアウル・ヘトラス・サンオン村村長 参拝
南ベトナム バオ・ダイ殿下 参拝
ソビエト連邦プラウダ論説委員 ビクトル・V・マエフスキー 参拝
トンガ王国 タウファハウ・ツボー4世国王  参拝
ビルマ國農業大臣 ウー・ボー・レーサ氏 参拝
クワイ河再会団(大戦中、泰緬鉄道の建設に従事) 英国精神科医 W・H・オールチン博士 参拝
チベット佛教(ラマ教) 法王ダライ・ラマ14世 参拝
在日アメリカンスクール教育長リチャード・T・オスナー氏 参拝
ウイーン大学宗教学 フリッツ・フィンガー・ライダー教授夫妻一行 参拝
インドネシア アラムシャ・R・プラウィネガラ宗教相 参拝
エジプト 前世界イスラム審議会事務総長 モハメッド・トゥフィック・オーエイダ博士 参拝
米国・国立公園アリゾナ記念館 ゲーリー・カミンズ館長参拝
インド マガタ大学歴史学教授 アングッシュマン・ラビ博士/シンジャ・アワンマドゥ・クレジ博士 参拝
駐日エジプト大使モハメッド・サミー・サーベット氏・公使アニース・ネマタラー氏 参拝
ドイツ・シュトゥットガルト放送交響楽団団長 ルッツ・リューデンマン博士 参拝
チリ國・通産大臣 ルネ・アベリウク氏 参拝
在日スリランカ大使 C・マヘンドラン氏 参拝

続きます
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 16:57
つづきです

フィンランド特命大使 カリ・ベリホルム氏 参拝
リトアニア共和国 アドルファス・スレジェべシス首相 参拝
故ラダビノ−ル・パール博士の令息 プロサント・パール氏 参拝
チベット前主席大臣(首相)テイジン・テトン 参拝
ミャンマー國(旧ビルマ)文化大臣ウ・アエ氏 参拝
パラオ共和國政府顧問イナボ・イナボ氏 参拝
イランイスラム共和国一等書記官M・シャケリ氏 参拝
スロベニア国連大使ダニーロ・チュルク氏 参拝
旧朝鮮王朝李玖王子 参拝
ブラジル・サンパウロ市 松柏学園 参拝
カナダ・ビクトリア市 セントマイケルズ・ユニバーシティ・スクール 参拝
チベット佛教リクー・ブッダ・ダツ氏 参拝
米国コルゲート大学学生 参拝
カナダ・ビクトリア市 セントマイケルズ・ユニバーシティ・ミドルスクール 参拝
臺灣高座會(臺灣出身元少年工員・家族) 参拝
インドヒンズー教徒カリアン・ババ氏 参拝
アゼルバイジャン共和国元首相・人民戦線党最高評議会議長アリ・マシホフ氏 参拝
前ペルー大統領アルベルト・フジモリ氏 参拝

以上、

http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/yasukuni/nenpyo_2.htm

からの引用でした。前回同様、管理人様は彼ら、彼女らも「戦争を美化」している人々と酷評するのですか?日本人限定ならばなぜに海外の人々は容認されて日本人はだめなのですか?人種差別を思わせる発言になりかねませんので説明お願いします。

次で最後となります
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 17:04
最後です

そのまえに「米英の強制」は「米英の強勢」の間違いでした。この場にて訂正させていただきます。

「死者に鞭を打ち続ける」という発言に対して再度、書かせていただきます。

>はて、死者に鞭打つ言動は日本ではタブーなのでしょうか?
松井やよりさんが亡くなったときは、まさに「死者に鞭打つ言動」がネット上に溢れていましたが?

>そういうわけで私は裕仁などの死者に鞭打っていきたいと思います

相手が「死者に鞭打つ言動」をしたから自分もしていいという行為や発言はネット上でも日本語で書き込みをしている限り、自分自身の評価を下げることになります。

そのHPで発言をしたから自分もしてよいというのは結局は「松井やよりさんが亡くなったときは、まさに「死者に鞭打つ言動」」をとった人と同じ穴の狢であると発言しているに等しい発言です。

ネット上であれ、公であれ、日本語で書き込みをして発言をしている以上、それを見聞きする多くは日本人の価値観に基づく人々によって読まれていることに代わりはなく、「松井やよりさんが亡くなったときは、まさに「死者に鞭打つ言動」」を理由に「死者に鞭打っていきたいと思います。」という書き込みをする場合、結局、「日本ではあまり歓迎されない行為」を行う松井やより氏の批判者と同じ程度の人間に過ぎないと自ら発言したのと同じ行為であることとここで説明させていただきます。

再び長い書き込みを読んでいただきありがとうございました。
Posted by ウィンド オブ ゴッド at 2007年05月10日 17:19
重箱の隅をつつくような書き込みやめれ。
文章を細切れにして反論するのやめれ。
一部の証言をさも全体の考えのように紹介するのやめれ。
思い込みを書き込むのはやめれ。
Posted by 長いよ at 2007年05月11日 09:38
ウィンド オブ ゴッド とぬかすクソウヨ、
おそろしい書き込み量じゃのう…
さすがのワシもぶったまげたわいw
こりゃ投稿禁止にしてやった方が本人の為かもしれんのうw
Posted by ジャイロ at 2007年05月11日 13:30
>しかし遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と要求するのは、
戦死者を美化し、戦争を美化することになるのです。

はあ、何を言っているんだここの管理人は?

震災や家事などの災害やテロなんかの犯罪、交通事故なんかの事故でも戦争同様、わが身を捨てて他人を命を救うなんて話がいくらでも出てくるけど、なんで戦争だけがだめなんだろうね(笑)

戦争中、自分の命を捨ててまで愛するものを守ろうとした行為をみなが感謝することが「戦死者を美化して戦争を美化する」のだったら災害、事故、犯罪なんかでも自分の命を捨ててまで他人の命を救おうとした人を感謝することも「死んだ人を美化するから災害、事故、犯罪を美化することになる」というのかね?

こんな乱暴な書き込みが世間でまかり通るのだったら災害や犯罪、事故なんかで被災者を助ける意味がなくなっちゃうな。

どう思うよ?管理人?

>遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『特攻隊に感謝しろ』と要求するのは、戦死者を美化し、戦争を美化することになるのです

これ、戦争を災害とかに言い換えると下記のようなあほなせりふになりまっせ。

あんた、災害とかにあって死にそうになっても助けてほしくないのですかね?自衛隊やそのほかの人々に?それとも助けてもらって当然ということで感謝なんてしませんかね?

某半島の人たちのように(笑)

管理人いわく↓

遺族でも知人でもない現代の不特定多数の日本人に向かって『災害、事故、犯罪で自分の命を落としてまで他人の命を救った人に感謝しろ』と要求するのは、被災地、犯罪、事故で死んだ人を美化し、災害、犯罪、事故を美化することになるのです。
Posted by 商店街 at 2007年05月13日 13:10
> 戦争中、自分の命を捨ててまで愛するものを守ろうとした行為を

現実に守ってないじゃん。馬鹿w

さあて、今夜は飲み会だ。明後日も飲み会だw
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月13日 13:35
>戦争中、自分の命を捨ててまで愛するものを守ろうとした行為〜
>災害、事故、犯罪なんかでも自分の命を捨ててまで他人の命を救おうとした人を感謝すること〜

戦争と災害他を比較するとはw
もっともらしく聞こえるけどちょっと違うんじゃない?助ける・助けないはその人の自主的な行動であり、結果命を落としたことについて私たちが感謝をしなければならないって理屈にはならない。助けられた人、守られた人が感謝するのが当然というなら話は分かる。でも少なくとも戦争で亡くなった人は任務として戦闘をおこない、それにより死ぬ事だってありえることを理解していたはずである。それと災害等で他人を助けようとすることを同様に捉えるのはどうかと。
まあ、その助けようとして死んだ人が中国・韓国の人だったら一部の人はクソミソ言うんだろうがねw
Posted by お得意のピンポイント攻撃ですねw at 2007年05月14日 11:17
「虜人日記」小松真一著 より引用

P284
 日本人は命を粗末にする
 日本人は自分の命も粗末にするが、他人の命はなお粗末にする。
「バアーシー海峡の輸送は三割比島に着けば成功ですよ」と軍首脳は平気な顔している。七割にあたる人間はたまったものではない。その他の作戦でも人員の損失は平気だ。米軍は敵の火力がまったく無くなるまで火砲でたたき、誰もいなくなってから歩兵がやってくる。そうしてこの時少しでも抵抗すれば逃げ帰り、また火砲を撃ってくる。このように兵器が一つ破損するよりも、できるだけ人員損失がないようにしている。
 日本人はあまり人命を粗末にするので、終いには上の命令を聞いたら命はないと兵隊が気づいてしまった。生物本能を無視したやり方は永続するものではない。
 特攻隊の中には早く乗機が空襲で破壊されればよいと、ひそかに願う者も多かった。

引用終わり

無駄死にですね....これじゃ死者も浮かばれませんね。
Posted by ぐうぐう at 2007年05月14日 22:22
管理人の言葉使いで、馬鹿、バカが余りにも多いので閉口します。
ブロガーならば、綺麗な言葉を使って頂きたい。
でないと読む気にならない。
Posted by グローバルシチズン at 2007年05月17日 12:44
で、結局このウィンド何たらは何が言いたいの?
Posted by 疾風 at 2007年05月17日 18:07
“靖国カルト教・洗脳DVD”で授業
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-67.html
>問題の教材は、日本青年会議所が作製した「誇り」と題するDVD。
>青年会議所は、採用されたことを大宣伝し、全国の学校でDVDを
>使った教育事業を行おうとしています。すでに二月から六月にかけ、
>全国の学校など九十三カ所で実施または予定されています。
>DVDは、戦死した青年が現代に現れ、女子高生を靖国神社に誘う内容。
>日本の侵略戦争を「大東亜戦争」と呼び、「愛する自分の国を守りたい、
>自衛のためだった」と教えています。日本の植民地支配については、
>「道路を整備し学校を設置した」というだけで、侵略・加害の歴史には
>ふれていません。
Posted by ミルマグ at 2007年05月18日 23:30
これはありがとうございます。早速あちこちに貼りまくりました。
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月19日 01:25
コバテツ先生に映画のストーリー等を尋ねていましたが、
彼にまともな返答を期待しても無駄なような気がします。
(そのへんは重々承知で、からかい半分だったとは思いますが。)

かわりにこちらをどうぞ。

「ジジイのつくった死なせる映画」
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/50929671.html#comments
Posted by ミルマグ at 2007年05月20日 20:18
ありがとうございます。どうやらわざわざ見に行くほどのものでもないような・・・

> (そのへんは重々承知で、からかい半分だったとは思いますが。)

その通りです、ついちょっかい出してしまいました(笑)
Posted by 鷹嘴 at 2007年05月23日 23:33
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Excerpt: 慎太郎節サク裂!宮沢元首相に「特攻隊員の罰が当たった」(LiveDoorNews)には驚きました。こんなバカが首都の首長とはね。┐('~`;)┌ ワタシャ東京都民でなくて良..
Weblog: ザ・のじじズム
Tracked: 2007-05-05 00:16