【追記のお知らせ 2017年4月9日】
 記事「【5月7日】雁屋哲さんの講演+井戸川克隆さんと対談」に、「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」から福島現地での鼻血の症状についての報告例を引用しました

2014年09月24日

西大門刑務所歴史館にも行ったよ

 そういうわけで9月24日は日本大使館前【水曜デモ】に参加した後、同行者と合流して仁寺洞で冷麺を食ってから、安国駅から地下鉄に乗って独立門駅で降り、西大門独立公園(서대문독립공원/ソデムントンニッコンウォン)に行った。


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 三・一独立宣言記念塔

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 1898年、凱旋門をモデルにして建てられた独立門。手前の2本の柱は、かつて中国王朝の使者を迎えた「迎恩門」の柱とのこと。

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 そして西大門刑務所歴史館(서대문형무소역사관/ソデムン ヒョンムソヨクサクァン)を見学。日韓併合より前の1908年に日帝が京城監獄として運用開始し、多くの独立運動家が投獄・虐殺された。韓国独立後も独裁政権期には民主運動家が投獄され、1987年まで運用されていた。三・一独立運動における活動家として有名な柳寛順(유관순/ユ・グァンスン)もこの刑務所で虐殺された。

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 場内はかなり広く何棟もあり、じっくり見て行けばかなり時間がかかる。
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 凄惨な拷問(を人形で再現)。以前はもっと血まみれの恐ろしい展示があったが撤去されたらしい。まあどんな恐ろしい模型を並べようとも実際の日帝の残忍さを表現することは出来ないだろう。そもそも日本国内で運動家や思想家に対し凄惨な弾圧・拷問を行っていた戦前の官憲が、植民地の人民(しかも独立運動家)に対しても同様な、いやそれを上回る行為を行って当然ではないか。「反日」などと軽薄なことを口にする奴らは、多くの「日本国民」も凄惨な拷問によって虐殺された事実を知らないのかな?

 ところで、ここは修学旅行あるいは遠足のコースの一部になっているようで、ガキどもお子様方が元気に走り回っておりました。ガキどもお子様方に見せても恐ろしさが伝わらないと思うぞ。高校生くらいになってからのほうがいいと思う。

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 雑居房?

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 取調室?

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 独房?

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 これが実際に使用されていた独房。パネルの日本語説明文を書き写してみる⇓
 独房
 ここは一坪にもみたない狭い空間で、日帝が独立運動家たちに肉体的な拷問と心理的、精神的な苦痛を与えるために設置した独房だ。
 日帝は抗日独立運動を弾圧しようとし、独立運動家たちを悪辣な拷問と過酷な受刑生活で抑圧した。
 とくに独立運動家たちを特殊犯罪者に分類し、伝統や便器もなく、陽の光さえ差し込まないこのような独房に投獄した後、拷問や暴行など、ありとあらゆる蛮行をはたらいた。


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 収監者同士を話をさせず顔も合わさせずに運動させるための「隔壁場」。1988年に撤去されたが、2011年に再現したとのこと。それにしても日帝はとてつもなく下らない物を作ったもんだな。この壁の高さが、朝鮮人民への恐怖心を表しているのかも・・・

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 この刑務所に収監されて亡くなった人々を称える「追慕碑」

 その先には、処刑場に連行される人々がしがみついて泣いたと言われる「痛哭のポプラ」、そして高い塀に囲まれた死刑場があった。1923年に建設された木造建築であり史跡第324号に指定されている。ここで多くの独立運動家たちが虐殺されたのだろう・・・。もっとも外見はごく普通の平屋建てで、何人もの独立運動家の命が奪われた重みを感じ取ることは出来なかったが。
 また、拷問による損傷が激しい遺体や、社会的に影響力の大きい人物の遺体を密かに運び出すための「屍躯門」という全長200mに渡るトンネルもあり、一部が復元されているという。どこだか分からなかったが、死刑場の裏手に穴というか地下への入口のような構造があり、ここからトンネルが伸びていたのかも。
 なおこちらの旅行ガイドによると、かつてこの処刑場のガラスに人の影が映るという騒ぎがあったという・・・。
 もっとも俺は霊魂の存在を否定せざるを得ないな。もし亡者に現世に現れる能力があったとしたら・・・さぞかしこの日本国など、アジア各地で日本軍によって虐殺された人民、空襲や原爆の犠牲者、南方で餓死した元日本兵らが常に我々の眼前で漂い続けるだろう。小松左京先生の短編にそういうのあったな。
 それはとこかく幽霊騒ぎが起こるほど、この西大門刑務所跡と死刑場の恐ろしさが人々の心に刻み込まれている、と見るべきではないか?世に心霊現象の噂が絶えないのは・・・生命を慈しみ、かつての過ちを繰り返すまいという誓いを込め死者を弔い敬うことが、自分たちと子孫の平穏な生活を守る・・・という、人間の本能的なモノがもたらしているのではないか。死者を蔑ろにしている後ろめたさを内心に感じているとき、人は亡霊を見るのではないか。などと思ったよ。なお上掲の旅行ガイドによると、一般観覧客の写真撮影は禁止とのこと、というわけで画像は無し。

 なお今回の旅行では時間が無いため行けなかったが、ソウル市内には、1960年4月19日李承晩大統領打倒のために決起し虐殺された学生たちが眠る「国立4.19民主墓地」(地図)がある。
 言うまでもなく南北分断から軍事独裁政権が続く間、韓国政府は労働者人民を激しく統制し、1943年の済州島四・三事件、1950年の保導連盟事件、1980年の光州事件など数多くの弾圧・虐殺事件を繰り返した。植民地朝鮮を支配した日帝だけでなく「光復」後の韓国政府もまた人民の敵だったのだ。
 どこの国が正しくてどこの国が悪い、などという問題ではなく、国家というもの、政府というものは例外なく、弾圧と虐殺によって人民統制を行うものだ。朝鮮人民を支配した日帝の悪業は語り継がなくてはならないが、そこから一歩進み、国家というもの政府というものは我々人民をどう扱うのか、国家のメンツやら経済的発展の陰で何が犠牲にされるのか・・・ということを、この刑務所跡で走り回っていたお子様の皆さんにも、将来考えて頂きたいものだ、とか生意気なことを思いつつ西大門刑務所歴史館を後にして、また繁華街に戻りブラブラしたよ。

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posted by 鷹嘴 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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