【追記のお知らせ 2017年4月9日】
 記事「【5月7日】雁屋哲さんの講演+井戸川克隆さんと対談」に、「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」から福島現地での鼻血の症状についての報告例を引用しました

2015年03月07日

【ニュースつまみ食い】原子力”ムラ”の逆襲?  +雑談

 まもなく東電原発事故発生から4年が経過するが・・・原子力”ムラ”が増長しているというか、なりふり構わず再稼働に向けて動き出しているようだ。2014年末から今年の関連ニュースを東京新聞から引用。後半は雑談。



 2014年9月に大手電力会社5社は、再生可能エネルギー買い取り手続き中断を発表した。申し込み件数が増えたため受給バランスが崩れる恐れがある、という理由で。
 そして12月18日に経産省は、原発を「ベースロード電源」などと称す一方で、「再生可能エネルギー」の一つである太陽光発電の「全量買い取り」方針を改悪し、電力会社の都合で受け入れ量を抑制できる「見直し案」を示した。
 電力会社は、太陽光発電の出力が高まる時間帯に全発電量を受け入れていれば電力網が不安定になるとして、として受け入れを制限できる。現行では電力会社が(発電の)電力事業者に出力抑制を求められるのは年間30日間(前日に連絡し、丸一日発電を止めてもらう)だが、日数の上限が撤廃される。また発電事業者には「遠隔出力制御システム」の導入が義務付けられるという。(2014年12月18日・東京新聞夕刊)。電力会社の都合で勝手に接続が遮断されてしまう。
 そして2015年1月26日と2月15日に「再生可能エネルギー特別措置法施行規則の一部を改正する省令と関連告示」が施行された。「改正」はこれに留まらず、一般家庭用の太陽光発電の余剰電力(買い取り対象のはず)についても出力抑制の対象として検討されるという(参照:固定価格買取制度の運用見直し等について)
 それにしてもさ、電気が余りそうな時間帯にはいくつかの火力や水力発電所を、余りそうな分だけ止めればいいのに。そうすりゃ燃料を節約できるし夜間に揚水する量が減るだろ?間に合わなきゃ遮断器を切ればいいのに。


 なおかつ各電力会社は受け入れ可能電力量を左右する自社の電力供給力に、馬鹿げたことに各社の原発の発電量を含めている(しかも原発稼働率を7〜8割と、高く設定している)。現在は日本の原発は全て停止しているのに、原発と火力で電気は足りているから買い取れませんよ、と門前払いするつもりか?
 上に貼った経産省の文書でも、ベースロード電源として「原子力・地熱等」を挙げている。原発再稼働が前提なんだな。火力の出力を調整しても供給が上回った場合は再生エネルギーを抑制せざるを得ない、ということだがたしかに原発は出力調整できないよな。夜中は電力使用量が減って当たり前なのに。こういう面でも核分裂エネルギーを発電に用いるのは愚の骨頂だよな。
 さらに経産省の有識者会議「電力システム改革小委員会」は、電力事業者が固定価格買い取り制度を理由して電気を販売する際、「再生可能エネルギーで発電した」という表示を出来なくしようとしている。再生可能エネルギーを育成するための交付金を受け取っているのに、さらに「再生エネで作った電気だ」という付加価値をつけるのは不公平だ、という下らない理屈だ(2014年12月22日・東京新聞)。需要家が「環境のために再生可能エネルギーを使っています」というアピールを出来なくしようってことか。これじゃ再生エネを買う意味が薄れるぞ。
 そもそも日本政府も電力会社も、再生エネなんぞ世に出回ってほしくないんだ。火力と水力と原子力の電気を文句言わずに使ってほしいんだ。そのためには絶対に原発を再稼働したい。だからあの手この手で嫌がらせするんだよ。


 2014年12月24日経産省は、原発を再稼働させた場合、その原発を抱える自治体への「電源立地地域対策交付金」を増額し、原発が停止したままの自治体へは減額する方針を固めた。11年の東電原発事故以降全国各地の原発が停止していったがこの交付金は維持され、2014年度の予算ベースの総額は約987億円。「原発を抱える自治体にとって大きな財源となってきた」。しかし川内原発の15年度の再稼働を見越し、原発が再稼働した自治体には増額しなければ「公平でない」(経産省幹部)として、16年度から実施するという。(2014年12月25日・東京新聞)。
 川内原発再稼働を前提としていること自体が呆れるが、米軍基地を固定化するため沖縄県を金で揺さぶるように、汚い圧力をかけるつもりだ。
 この交付金は2015年度政府予算案にも前年並みの912億円が計上されたが、経産省はこれとは別に原発を再稼働した自治体だけに配布する新たな交付金を作り、当年度政府予算案に15億円を計上した。これは「原発施設立地地域基盤整備支援事業」の中に新設される。放射線モニタリング事業の民間委託など再稼働対策が想定されるが、細かく使途を限定せず再稼働を認めた道・県に交付される。
 2013年に始まったこの事業は、原発が停止したままの地域の経済を活性化する目的であるから、再稼働を認めた自治体の財政を優遇しなければ「交付金制度の趣旨に照らして公平ではない」という(2015年1月15日・東京新聞)。再稼働を金で釣り、従わない自治体は露骨に差別、ということか。


 2015年1月17日、九州電力川内原発の再稼働差し止めを求めた仮処分申請に加わっている周辺住人ら23人のうち約10人が申し立てを取り下げたことが東京新聞の弁護団などへの取材で明らかになった。仮処分が認められても本訴訟で敗訴してしまえば、九州電力から再稼働の遅れで生じた損害を仮処分申立人に賠償請求できるためで、「こうした仕組みの見直しの是非が議論になりそうだ」。原発の入口をバリケード封鎖しているわけではないのに賠償請求できるとは全く理解できん。
 九州電力は仮処分の審尋で「再稼働が遅れれば一日当たり約5億5千万円の損害を蒙る」という準備書面を提出し、申立人が賠償に備えて担保金を積み立てるよう命じるように鹿児島地裁に求めた。地裁はこの命令を出していないが、住民側の弁護団がこれを説明したところ、約10人が取り下げたという。(2015年1月18日・東京新聞)。
 それにしても(どういう根拠か知らんが)一日5億円の損だとか脅すとはとんでもないヤクザだな。まあ大企業っていうモノは権力さえも金で釣るヤクザだと思ったほうがいいな。それにしてもこういう反社会集団に都合のいい「仕組み」は直ちに撤廃されるべきだよな。


 日本政府は今夏までに2030年度の(原発を含めた)発電電力量の構成比率目標をまとめたいそうだが・・・2015年1月30日経産省は、将来的な電源構成を論じる有識者会合「長期エネルギー需要見通し小委員会」が初の会合を行った。
 原発は稼働開始から40年で廃止することが2012年の法改正で定められている。経産省は「現時点で原発の新増設は想定していない」というので、仮に今後再稼働されても原発の比率は2028年度には約15%になる。しかし同省は「延長特例を利用する想定を置」き、各地の原発を特例で60年運転を認めようというのだ。このような愚行によって将来も原発の比率を20%程度に維持しようというのだ。
 この会合では「最初から『20%を軸に』という雰囲気がつくられて」いたという。経産省が配布した資料には「化石燃料への依存度が急上昇する」「再生エネを増やすと電気料金が上がる」などと原発再稼働を促すような内容だった。委員からは、再生エネルギーの発電量目標について「心細い値しか出せないような資料構成だ」だという批判も出たが、再生エネを軽視するような委員が多数を占めていた。参加者によると、(この小委員会は)「本来なら省エネや再生エネについての議論を重視するべきなのに、原発が先にありきのような雰囲気になっていた。再生エネに前向きな委員が少なく、政府の姿勢が垣間見えたような気がした」という。
 現在国内に残っている48基の原発のうち、2030年1月の時点で稼働開始から40年に満たないのは20基であり、年間総発電量は約1200億Kw/hになる。全体の20%なら1860億Kw/hが必要となる。40年超の特例を用いて老朽化した原発を再稼働し、かつ中国電力島根電力3号機、Jパワー大間原発、東京電力東通原発(これらは既に建設中だったので「新増設には含まれない」として建設が継続されている)を稼働し・・・さらに老朽原発の廃炉作業を進めながら新しく建て替える「リプレース」を進め、無理矢理20%に近づけようというのか。事故も恐ろしいが使用済みの核燃料をどうするつもりだろうか。なお「リプレース」については経産省原子力小委員会が2014年12月に言及したという。こんなの新増設と変わらねえじゃんか!(2015年1月31日、及び2月5日・東京新聞)。


 2015年2月2日関西電力は、運転開始から38年を超えた美浜原発3号機(出力82万6千KW)を、40年を超えて運転する方針を明らかにした。14年度中に原子力規制委員会に新規制基準適合審査を申請するという。既に40年以上経過している1号機(34万KW)と2号機(50万KW)については採算が合わないため廃炉になる見通し。
 高浜原発(4基)、美浜原発(3基)、大飯原発(4基)と11台の原発を抱える関西電力は、原発が停止しているため4年連続の赤字になる見込みだという。(2015年2月3日・東京新聞)。
 同日の東京新聞【こちら特報部】によると関西電力の八木誠社長は、1月23日の電事連の定例会見で「原子力の長期停止で、大変な不便と迷惑をかけている。早い段階での再稼働の実現に向け、全力を尽くす」と述べたという。要するに赤字続きだから原発再稼働してどうにか持ち直したいということだな。しかし経営不振の電力会社に原発を稼働する資格があるのだろうか。
 この記事は、電気事業法に「事業を適確に遂行するに足りる経理的基礎」が無い者には電気事業(電気の供給の事業)の許可を与えてはならない、という条文(第5条第2項)があることを指摘。
 また核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律にも同様な条文がある(第24条第2項)。2015年3月期連結決算の純損益は1610億円という火の車状態の関電に原発を運転する資格は無いよな。
 これについて経産省の職員は「運転資金の確保や設備投資、借入金の返済などを確実にできるかを総合的に判断する。条件を満たさなければ許可を取り消すこともあり得る」とする一方で、関電の「資金が直ちにショート(不足)することはないと判断している」と述べる。
 元経産省の古賀茂明氏は「経営が苦しいと、安全対策に手を抜きがちになる。原発事業者は安全対策にはいくらでもお金を使える企業でなければならない。普通よりも堅固な経営の基盤が求められる」と指摘。
 たしかにその通りだな。原発を動かしたいなら、なんでここまでやんなきゃなんないの?と思うほど堅固に造り、二重三重四重五重のバックアップを備えなければならない。東電の事故で懲りたからな(それでも動かしてほしくねーけど)。金が足んないから手抜きされちゃたまんねーよ。

 
 一方で原子力委員会は1月27日、「原子力損害の賠償に関する法律」改悪方針を決めた。現行では、「原子力損害」をもたらした事故が「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じた」場合を除き、電力会社が(過失の有無に関わらず)無制限に賠償責任を負うことになっている。しかしこれを制限付きにしようというのだ。「電事連(電気事業連合会)の意向に沿った動き」だという。電事連の会長は関電社長の八木誠だ。
 東電の事故が示すように原発事故による損害・影響は計り知れないが、電力会社は全て賠償するか、または白旗を上げるか覚悟しなくてはならないはずだ(賠償能力の無い東電が破綻処理を受けていないのが信じられないが)。
 しかし八木は「現行の原賠法は厳しすぎる」として責任の制限を望んでいるのだ。何という無責任さだろうか!どんなに重大な原発事故を起こした電力会社も、賠償の上限だけ支払ってあとは知らぬ顔、ということにしたいのだろう。
 経営の回復のため原発再稼働を狙っている関電の社長が、一方で事故の責任の制限を望んでいるとは・・・無理矢理再稼働した老朽化原発で事故が起こっても、経営上の問題があるから賠償は軽くしてもらおう、ということか。実に背筋が寒くなる構図だ。
 古賀茂明氏は次のように指摘する。
 「電力会社は、原発が低コストだとの主張が建前にすぎないと知っている。閣議決定で原発を残すとのお墨付きを得て、実はコストが高いのだという本音を前面に押し出しても構わなくなった。賠償額が膨れ上がるのを認めた上で、全額は払えないから、上限を設けろと開き直っている」
 また、「生業を返せ!地域を返せ!」福島原発訴訟・原告弁護団の馬奈木巌太郎弁護士は次のように指摘する。
 「東京電力は福島事故の賠償や除染の責任を果たせていない。まして経営状況の厳しい関電の社長が、電力会社の免責範囲の拡大にまで言及するとは、事故への反省や原発事故の責任の自覚の有無を疑わざるを得ない」
 八木には、というか原子力”ムラ”の連中には、反省も自覚も全くないんだろうな。


 2015年2月12日、原子力規制委員会は定例会合で、福井県の関西電力高浜原発3号機・4号機(共に1985年より稼働、出力87万KW)が新しい規制基準を満たしているとの審査書を正式に決めた。今後は事故対応の詳しい内容などの審査が行われる。
 関西電力は地震の想定を二割ほど上げて配管などを補強。津波の想定は海抜2.6mから6.2mに上げ(敷地の高さ6.5m)、8mの防潮堤建設を開始し3月中に完成させるという。それで津波が防げると決めつけてるんだから無責任なことだな。
 また建屋内で水素が漏れた際に水素濃度を抑える装置を設けた。しかしベント装置の完成は2018年7月。事故対策要員を守る緊急時対策所は、1、2号機が停止している状態で3、4号機の対応を行うことを前提に審査が進んだが、関電は老朽化した1、2号機も再稼働する方針を示している(1974年と75年に稼働開始)。それならば別の対策所を確保しなければ基準を満たせなくなる。
 この原発についてのパブリックコメントへは多くの厳しい意見が寄せられたが、規制委員会の見解は実に無責任なものだった。
 地図を見ると原発に通じる道は一本しかなく、事故の際の対応が困難(あるいは不可能)になる恐れがある。地震のため道路が陥没あるいは崩落、あるいは山崩れが起きて道路が塞がれば打つ手が無いよな(それ以前に原発周辺の山が崩れれば一巻の終わりだ)。この危惧に対し規制委は複数のルートがあると言うが、「徒歩による支援要員の投入しか審査していないと答えた」。重いポンプや太く長い電源ケーブルのドラムを担いで山道を登れというのか?担ぐことさえ不可能だが?
 東電原発事故では度重なる水素爆発によって作業が困難になり、一時退避して状況を見極めなければならない事態となった。しかし規制委はこのリスクも無視している。「新基準を満たせば、作業に影響がある事故にならないと決めつけているのはなぜか」という疑問にも、(新基準が求める対策により)「作業に支障がないことを確認した」と述べるだけだ。一体何のためにパブリックコメントを集めたのか??
 それに福井県の若狭湾沿いには、この高浜原発から50kmの範囲に大飯原発(同じく関電)、敦賀半島の美浜原発(同じく関電)がある。敦賀半島の先端には敦賀原発(日本原子力発電)があり、さらに「もんじゅ」を加えると14基の原発が並んでいる形だ。まさに原発銀座だな。
 東電原発事故が示すように、これらの原発のうち一基だけでも重大事故が発生すれば、他の原発の管理も困難になる危険性がある。それこそこれらが一基だけでも制御不能になれば他の原発からも撤退せざるを得ず、日本列島の近畿から東が壊滅・・・という事態も起こり得るだろう。しかし規制委は(各原発で十分な要員や資材を準備しており)「それぞれの炉で独立して事故対応にあたれる」と述べるだけ。田中俊一委員長も記者会見で「同時多発的に起きても、それぞれのところできちっと対策が取れる」と述べるだけだった。
 どういう根拠でこんなことが言えるんだろうか。地震と津波で「同時多発的に」全電源喪失⇒メルトスルーして格納容器の圧力が右肩上がり・・・などという事態に陥っても、一億歩譲って「それぞれのところで対策」が取れたとしても、相互に影響を及ぼさないというのか?
 たった4年前の教訓に学ぼうとしない、というかあえて言及しないようにしているのだろうか。「原子力規制委員会」ではなくて「原子力野放し委員会」だな。
 このように原子力”ムラ”の連中は汚い手段を用いて、あるいは開き直って、原発再稼働に突き進んでいる。以下は雑談。



 原子力”ムラ”の連中が再稼働を目論む一番の目的は、言うまでもないことだが金だろうよ。電力会社や原発企業・ゼネコンにとっては当面の売り上げの確保(建設や維持に使った金の回収)、役人にとっては天下り先の確保、政治家にとっては関連産業からの献金が目当てだ。将来のエネルギー比率や環境問題など全く省みず目先の利益だけ追求するんだ。まあ企業ってのはそういうもんだけど役人や政治家がそれじゃ困るんだけど。
 そりゃ原発を再稼働させてやれば電力会社や関連産業は一時的に持ち直すだろうけど、それに使用済み核燃料や放射性廃棄物をどうするつもりか?どんなに頑丈に造った原発だっていずれは廃炉だぞ、何十年いや何百年かかるか分かったもんじゃねえ。長期的に考えれば再稼働すれば結局損だぞ。
 それにまた大事故が起これば今度こそ日本は終わりだ(もう終わってるかもしんないけど)。東電原発事故で原発事故の恐ろしさを痛いほど学んだはずなのに、なんで原子力”ムラ”の連中は懲りないのか。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」どころか喉元過ぎる前に熱さを忘れてるじゃねえか。単純に言って恐くねえのか?原発事故の影響についての想像力が絶望的に欠如しているというか・・・。

 奴らが科学力を過信している面も無きにしも非ず、かもね。話が唐突な方向に飛ぶけど・・・「パレスティナに献花を!」の仲間から、この活動の創設時からのメンバーである松田政男さん(映画評論家)がNHKの特集番組に登場するって聞いたんで観たが(救援連絡センターの葉山岳夫弁護士も登場した!)・・・その番組は吉本隆明という思想家の特集だった。(またしても自分の無知を晒してしまうが)60〜70年代あたりは、若者の教祖のような存在だったらしいです、俺は知りません(^^;)
 しかしこの人は東京工業大学の出身で・・・何もかも科学力でどうにか出来るみたいな発想があったらしく・・・東電原発事故の後も反・反原発だったらしい。「反原発で猿になる」んだってさ。お前がサルだよw
まあ俺はこんなタレントの本なんか読む気しねえけど・・・なんていうかさ、理系の人間や、(俺のような末端の労働者も含めて)工業や設備に関わる人間なら、電気や機械というものは人間の期待を裏切るように出来ているからどんなに疑っても足りない・・・という思想(?)に至るはずだけど。仕事で散々痛い目に遭ってるからな。しかし全然反対方向に行く奴もいるんだね。しっかりと安全対策を講じれば大丈夫だ!とか。人類の英知で原子力を制御できる!とか。どういう脳の構造なんだか?

 単純にイデオロギー的な面もあると思うな。原子力はクリーンでエコだ!原子力以外に頼れるエネルギーは無い!原子力を手放せば文明が後退する!日本は原発が無きゃだめだ!・・・みたいな。科学的な合理性・安全性の問題も経済的な損得も一切無視し、異論に耳を貸さない。調査捕鯨の問題と同じだな。ほとんどカルト宗教だよ。
 それに、経産省職員や電力会社の社員の中にも原発に懐疑的な者もいるはずだが、少しでも疑問を示せば(このブログで引用したように)たちまち沈黙させられる。実際に再稼働への疑問を口に出せるような空気じゃねえだろう。そもそも絶対再稼働の方針で組織が動いているからな。
 2012年に柏崎刈羽原発のPR館を見学したとき、原発は停止しているのに乗用車やトラックや業務用のワゴン車が車が次々と入っていくのを見て、こりゃ絶対に再稼働するつもりだな、と感じたぜ。ただ維持しているだけでも金を食うのに、再稼働させるためにたっぷり金をつぎ込んでるから、いまさら止めるわけにはいかないだろうよ。企業ってそういうもんさ。
 この中じゃ、本当に何も言えないだろう。上司や同僚に気兼ねするとかそれだけでなく、組織がそういう方向に流れているんだから一緒に流されるしかないんだ。何も言えないんだ。金原ひとみ氏が指摘した「原発推進の内なる空気」が、組織を覆いつくしているんだ。
 全国に54基もの原発が建設されたのも、この「空気」が利用されたんじゃないかな。原発は安全で経済的「ということにして」、日本は原発に頼るしかない「ということにして」、沈黙を強いてきたんだ。我々はこの「仮構性」に抗うことはなかった。東電原発事故でやっと目が覚めた(はず)なんだけどね。遅すぎたけど。スリーマイル事故、せめてチェルノブイリ原発事故で目を覚ますべきだったよな。

 またしても話が唐突な方向に飛ぶけど・・・昔、清沢洌というジャーナリストがいて戦時中に以下のような日記を付けていたそうな。『暗黒日記』(清沢洌/著 岩波文庫)P-261、1945年1月1日の日記より引用。
 「昨夜から今晩にかけ三回空襲警報なる。焼夷弾を落したところもある。一晩中寝られない有様だ。僕の如きは構わず眠ってしまうが、それにしても危ない」
 「日本国民は、今、初めて『戦争』を経験している。戦争は文化の母だとか、『百年戦争』だとかいって戦争を賛美してきたのは長いことだった。僕が迫害されたのは『反戦主義者』だという理由からであった」
 日本帝国主義は明治以降アジア各地を侵略し無数の人民を虐殺していた。この時期は既に敗戦が決定的だったが、この人が指摘するように「日本国民」は、本土が爆撃されるまでは戦争を肌身で感じることは無かった。空襲を体験し、やっと戦争とは何かを身をもって知らされたのだ。
 これは原発についても同様だ。一般的な”リベラル”な皆様も、原発への関心が強かったとは言えないだろう。生理的な嫌悪感はあったがまさか日本であのような大事故が起こるとは思っていなかった。反体制気取り(笑)の当ブログも、「原発」のカテゴリー内はほとんどが東電原発事故以降の投稿だ。そもそも、恥ずかしながら俺は原発とはどういう構造なのか、非常電源も外部電源も喪失すれば何が起きるのか全く知らなかった。核燃料は制御棒を突っ込むだけで冷却できるものだと思っていた。(まあ俺だけじゃないと思うけど。政府や原発資本が、こういう原子力発電の致命的欠陥を一般に周知させることはなかった。要するに原発の怖さを全然知らなかったのだ)
 しかし日本国内には54基の原発が存在し、全国の発電量の数十%を占め、やっと自民党政権から交代した民主党の宰相もこれを50%に上昇させたいと公言していた。それでも依然として我々は悠長に構えていた。
 そして2011年3月11日以降、やっと我々は原発の恐ろしさを知った。原発なんて懲り懲りだと思うようになった。しかし我々は本当に原発に懲りたのだろうか?いずれはこの恐ろしさを忘れてしまうのではないか?「暗黒日記」の引用、続き。
 「だが、それでも彼らが、本当に戦争に懲りるかどうかは疑問だ。結果はむしろ反対なのではないかと思う。
 彼らは第一、戦争は不可避なものだと考えている。第二に彼らは戦争の英雄的であることに酔う。第三に彼は国際的知識がない。知識の欠乏は驚くべきものがある」
 たしかに我々は戦争に懲りたとは言えないな、全然。世間に溢れる歴史歪曲とヘイトスピーチは言うまでもなく、憲法九条に違反する自衛隊と米軍基地に疑問を持たず、日本国が協力を惜しまない米帝の行状に目を逸らしている。我が身に降りかかるまで、いや経験しても忘れてしまうのではないか。

 日本政府は、我々からアジア・太平洋戦争の惨禍を忘れさせ、欧米諸国の暴虐から目を逸らさせ、その侵略戦争を「アウトソーシング」しようとしている。同時に東電原発事故の衝撃が薄まることを見計らい、再稼働を進め、上に引用したように外堀を埋めつつ、原発産業を存続させようとする。そのうち原子力”ムラ”が「安全キャンペーン」を再開するのではないか。原発はエコで安全だ、日本には原発が必要だ・・・と信じ込ませ、沈黙を強いる「空気」で覆いつくそうとするだろう。奴らは「大衆」を騙し、従わせるなど造作もない、と思っているだろう。実際我々は政府と大企業にコントロールされてきたのだ。

 いまこそ踏みとどまり、戦争阻止と全原発廃炉のために闘わなければならない。今年は戦後70年を迎え戦争体験を語る人々は少なくなっているが、世界に戦禍は今も絶えることはない。遠い国の話ではなく、我々自身の運命でもあると覚悟しなければならない。収束にはほど遠い東電原発事故と、全国の原発で保存されている使用済み核燃料は身近に迫った危機であると覚悟しなければならない。
 さて、そのために我々が為すべきこと、可能なことはなんだろう?大見得を切ったのに情けないが俺が考え付くことは、各地で行われているデモや集会に参加し、署名にサインし、それと「パブリックコメント」に意見するぐらいだが・・・やらないよりはマシだろ。現在は経産省が「長期エネルギー需給見通し(エネルギーミックス)に関する意見箱」で意見を募集している。ここに「原発の比率はゼロのままにしろ!」と意見を送ってみたらどうかな。黙殺されるかもしれんが、そういう意見が多いことを示すだけでも意味があると思われ。
 それとね、再生可能エネルギーのうち既に実用化されている太陽光発電・風力発電・地熱発電などの比率向上だけでなく、太陽熱発電、潮力発電、波力発電、海洋温度差発電などの技術開発を奨励・援助するべきだ、と言ってみるのもどうかな。考えてみりゃ電気を作る方法なんていくらでもあるぜ。
posted by 鷹嘴 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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