2005年06月06日

「昭和天皇記念館」なんて作るんじゃねえよ!

「昭和天皇記念館」という馬鹿げた物が建設中だという。[AML 1775] によると(遅ればせながら「いらない宣言」に同意するメールを送った)、
「記念館」の展示は、昭和天皇裕仁の「終戦のご聖断によってわが国は辛うじて破局を免れることができ」、戦後も「昭和天皇の大御心が民心の安定と活力の源となった」と述べる、「昭和聖徳記念財団」という団体が担当することになっています。
ということである。バカ言っちゃいけないよ、1945年2月に近衛が裕仁に終戦を提案したところ「もう一度、戦果をあげてからでないとなかなか話は難しいと思う」と拒否したことを知らないのかね?沖縄戦も東京大空襲も原爆投下もこのとき裕仁が同意していれば無かったかもしれない。

ところでこの記念館は建物自体は完成しているらしい・・・今からでも遅くない、計画を変更して旧日本軍の残虐行為や裕仁の無責任ぶりを展示する平和祈念館にして欲しいものである(笑)


posted by 鷹嘴 at 02:11| Comment(9) | TrackBack(0) | 天ちゃん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
ノンポリさん、昭和天皇の無責任・気まぐれを批判するおつもりでしたら、雁屋哲の『日本人と天皇』(ほるぷ出版と講談社の両方から出てます)
がお勧めですよ。
例えば同天皇がマッカーサーに「絞首刑になってもかまわない」と発言したというのは実は創作であると暴いていました
(いわゆる天皇の『独白録』に複数バージョンがあり、内容が食い違っているのがその証拠だそうです)
Posted by フナずし at 2005年06月07日 00:22
フナずしさん、こんばんは。
雁屋哲の『日本人と天皇』は4年前に買いました。
私の教科書です(^_^)冗談抜きで非常に参考にしています。
この本は今でも大きな書店に行けば大抵見つけますが、
しかし巷のネットウヨたちが「あんな本欲しいと思う人はいないだろう」と呟いていたのを見たことがあります。事実を認めることが出来ないんですね。これがウヨの限界でしょう。

・・・ところでこの記事は意味不明の部分があるので修正しました。
Posted by ノンポリ at 2005年06月07日 23:56
ノンポリさん、こんばんは、フナずしです。『日本人と天皇』もう購入なさっていたんですね。
釈迦に説法(使い方間違ってないかな)でしたね、すみませんでした。
>しかし巷のネットウヨたちが「あんな本欲しいと思う人はいないだろう」と呟いていたのを見たことがあります。事実を認めることが出来ないんですね。これがウヨの限界でしょう。

あの漫画の理事長みたいに「ネットウヨ」に対して、的確に反論できる人物を一人でも多く育てなくてはいけませんよね。
Posted by フナずし at 2005年06月08日 22:28
> 釈迦に説法

とんでもない、何度もフナずしさんに助けられてますから、私のほうが教えを請う立場です。
アメリカの大統領選挙の疑惑について情報を提示して頂いてありがとうございました。

> あの漫画の理事長みたいに「ネットウヨ」に対して、的確に反論できる人物を一人でも多く育てなくてはいけませんよね。

問題は、ネット上という無責任が横行している世界に於いては、論破されて一時は沈黙したネットウヨは、ほとぼりが冷めればまたぞろ同じデマを繰り返すということです。

酷い例になると人が何を言っているのかまるで理解できないようです。最近出没している「むにゅう!」なる輩もその類のようです。
Posted by ノンポリ at 2005年06月09日 01:22
この運動のブログがありました。

http://sosidan.exblog.jp/i3

裕仁の記念館なんて税金をドブに捨てるようなもんだと思う方は同意のメールをヨロシク!


**********************
☆「昭和天皇記念館」に反対する以下の宣言に同意される方は…

メール:iranaisengen05@yahoo.co.jp に、

●お名前・団体名(肩書きある方は肩書き)
●反対運動情報を希望する方はメアド
●一言アピールなど

をお送りください。
Posted by ノンポリ at 2005年07月06日 23:49
マジ絞首刑にすべきだったあの腐れ裕仁は。絞首刑+同時に銃殺で首の骨をへし折った後に蜂の巣にすべきだったな
Posted by 死ね天コロ at 2016年09月07日 13:47
死ねクソ皇族ども
Posted by ヒロヒトラーはクズ at 2016年10月22日 08:55
調べてみました。

当時から「天皇はいかにしてうまく負けるかということをお考えになっている」という証言が残っています。
ということは昭和天皇が休戦を拒否していたとは考えにくいです。

では「もう一度、戦果をあげてからでないとなかなか話は難しいと思う」という発言は何なのか?
発言に絡む全体の文意を読むと、
近衛が敗戦に向けた軍の体制に山下大将を推すが
天皇は山下大将がもう一度、戦果をあげてからでないと他の者を納得させることが難しいと答えた。
が正解のようです。
これに関してはネット上でも一連のやり取りの全文を見ることができますので間違いないでしょう。

つまり「近衛が終戦を提案し、昭和天皇が拒否していた」ということそのものが
確認できない存在しない出来事のようです。

記事内容を再考したほうがいいのではないでしょうか?
Posted by aku at 2016年11月28日 18:41
天コロ死ね
Posted by 死ねクソ皇族ども at 2017年12月21日 10:43
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