【追記のお知らせ 2017年4月9日】
 記事「【5月7日】雁屋哲さんの講演+井戸川克隆さんと対談」に、「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」から福島現地での鼻血の症状についての報告例を引用しました

2015年10月26日

戦争反対!闘いの序章(3) 野合を越えて・・・

 (2)の続き。前半はいろいろな人がツイッターに書いていたことのパクリ。後半は私見。



 シールズ関係者の戦争法採決直前の連日の妨害行為は、三里塚闘争に於ける日本共産党の裏切りを想起せざるを得ない。農民が機動隊に排除されている現場から逃走し、「皆さん道路交通法違反になりますから座り込みを止めましょう」などと呼びかけ歌っていた光景を。さらには全学連を「ニセ左翼暴力集団」と誹謗し、反対同盟に圧力をかけ、反対同盟の何某は土地を売ろうとしているとデマを飛ばし、結局反対同盟から除名され、その後は三里塚闘争と敵対し「成田治安法」にも賛成した末路を。(過去ログ参照)
 SEALDs/反原連が日本共産党とどれほどの関係があるのか分からんが、連中の行動はまさに、労働者人民に敵対し日帝に屈服することで生き永らえてきた日共の歴史をなぞっているようだ。いずれ連中は人民の決起が生み出した運動を解体・消滅させようとするだろう。
 現実にSEALDsの学生・関係者は、ある者は自衛隊は合憲だと、ある者は憲法九条を改悪すべきだと述べている。
 ある学生幹部?の発言などひどいものだ。
◇ 東京新聞(54)当事者として声を 「シールズ」メンバー・牛田悦正氏 言わねばならないこと 特集・連載(TOKYO Web)
 戦争法制が成立しても人民は屈せず闘い続けているのに、組織のリーダー格だった人間の「もしかしたら安保法を認め強い国を目指す方がいいのかもしれない」という発言はあまりにも無責任だ。どうしても言いたかったのなら法案成立前に言って運動から消えるべきではなかったか。
 「安保とは違うおかしな問題が出てきても、やっぱりまた声を上げるだろう」というのは、成立してしまったこの悪法は容認するということか。
 (ちなみに「指示を仰がないと自分の理性を使えない人は大人じゃないと言った」というのは、彼ら自身にも当てはまるだろう。シールズの学生連中が自分の言葉で語っているとは思えない)
 さらに日共の志位委員長は「国民連合政府」の樹立のために野党の選挙協力が必要であり、「日米安保条約の解消に向けた措置は取らない」・・・と述べている。いったい何のための戦争法制反対運動だったのか。
 ついでに反原連と日共の原発問題に対する態度だが、両者とも東電福島原発事故による福島での被曝の問題には後ろ向きだ。かつて行われた被災地がれきの「広域処理」を日共は支持していた。さらには「国と東電が賠償や除染に責任を負うことが福島の復興の大前提」と主張する。除染すれば住めるようになるというのか?被曝の懸念は不要だというなら原発に反対する意味も無いが?そもそも日共が反戦・反核なわけがねえよな。


 奴らの行動は後世、人民の怒りの「ガス抜き」として機能した、と評価されるのだろうか。そりゃ今の段階では戦争反対+原発再稼働反対の意思も少しはあるのかもしれんが、いずれは組織の維持のために自衛隊の実戦投入も原発再稼働/新増設も容認するだろう。成立してしまった悪法、スタートしてしまった公共事業は全て容認する。現状を覆そうという志は全くない。抗う者は権力と結託して押しつぶす。弾圧被害者に対してもネトウヨのようにバッシングする。
 一例だが・・・9月24日に「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」は、連日の国会前での弾圧(この時点でまだ6名が勾留されていた)に対し、遅ればせながら抗議声明を出した。
 9月25日に全員奪還したが、総がかり行動の菱山南帆子氏がそれをツイッターで報告したところ、SEALDs界隈から「過激派が釈放されたことを喜ぶとは何だ」などと、菱山氏自身をも攻撃するリプライが並んだという。

 言うまでもなくSEALDs界隈は、国会周辺での弾圧について「逮捕された過激派が悪い」という態度だ。しかし9.16大弾圧の13名の被害者の内訳は、全学連の学生が1名、革労協の活動家が3名、ハンストを闘った学生と辺野古リレーの活動家を合わせて5名、残りの4名は組織との関係は不明。この4名に対しても「過激派」呼ばわりし、弾圧されたこと自体を責めるのか?
 最後に奪還した6名は、たしかに(偏見と憎悪に満ちたSEALDs界隈/日共シンパが言うところの)「過激派」だ。しかし奴らは、たとえ「過激派の逮捕」であろうとも冤罪や政治弾圧ではないか・・・と思いを巡らすことはない。「過激派」のレッテルを貼った対象についてはどうなろうと知らん顔だ(日共さえも弾圧の対象となり得ることを忘れているようだ)。人権というものが全く頭に無い。ネトウヨと同等だ。これで平和とか反差別とか唱えているのだから笑わせてくれる。
 そもそも日共シンパは、サヨク(俺のようなネトサヨも含む)の中で浮いた存在ではなかったか?ネット上でも奴らの攻撃性と下品さには呆れ果てていたが、だいたい奴らと我々では、考えていることが似ているようでも根底ではまるで異なる、と感じることはなかったか?連中に平和や人権を唱える資格はないと感じることはなかったか?


 あの界隈の愚かさは今更言うまでもないことだ。「チラシを配るな」「旗を出すな」などと馬鹿げたことを要求する反原連を今までもてはやしてきたことを恥じなければならない。SEALDsについてもあの愚かしいたコールやオフィシャルサイトの記述を読むだけでも、まがい物だと判断出来るではないか。
 にも関わらず、俗に言うリベラル勢力(一般的なネトサヨ、市民団体、文化人、マスコミなど)が、こぞってSEALDs/反原連になびいていることが問題だ。情けないことに新左翼系の活動に関わっている人々の中にも、SEALDsを称賛する声がある。これは「野合」というものではないか?

 たとえば2007年の東京都知事選挙の際(恥ずかしながら俺はその頃は日共の正体を知らなかったが)、石原打倒を目指す多くのサヨクは無所属・浅野史郎氏を支持し、共産党推薦・吉田万三氏の支持者に対して激しいバッシングを行った。吉田氏の出馬撤回を求める声さえあった。浅野支持者に非ずんば人にあらず(笑)、みたいなノリがあったな。ひどい例だと「吉田支持者は、石原が再選すればいいと思っているのだろう。そう考えれば論理的に成り立つ」などと言い出す奴もいた(日共を支持出来なくなった今でも、この現象については許しがたいが)。
 だいたいこの浅野氏は、石原都政についても憲法についてもどちらを向いているのかはっきりしない人だったが、石原を落選させたい人々が勝手に自分の理想像をこの候補者に当てはめていた。
 しかし2014年都知事選では、サヨク界隈は(日共も推薦する)宇都宮健児支持一色、という奇妙な現象が起こった。彼はどういう候補者なのか、彼の選挙対策本部で何が起こっているのか(過去ログ参照)、知ろうともせず。

 その人物/組織にどのような背景・内部事情があるのか、その主張が本当に自分の理想と一致しているのか、本質的にどのような者なのかを自分で判断することもなく、単純に多くの人々の支持があるから、強い基盤があるから自分も支持に回る。勝ち馬に乗るというやつだ。自分の頭で判断していない。野合だ。
 そしてその人物/組織に不当性があっても目を塞ぐ。いつの間にか当初の目的を忘れる(忘れたフリをする)。異を唱える者を圧殺する。
 まあサヨク界隈に限らず日本の社会はこうしたことを繰り返しているわけであって、SEALDs/反原連や日共を批判していれば済むものではなく、我々自身が生み出した物だと捉えるべきではないか?たとえそれがどんなに動員力/発信力のある組織であっても、おかしいことはおかしいと言わなければならない。おかしさを指摘する人々の声に耳を傾けなければならない、と思うが?


 というか、気に入らない対象への排除に熱中するああいう連中に惑わされるのも、ほどほどにするべきだね。肝心なことを疎かにしてはならない。
 話が飛ぶが、国会前では「一般市民」と書かれた幟が立っていたという。

 この幟について様々な批判もあった。「一般市民」は参加出来るデモ・・・つまり「一般じゃない奴」要するに極左などの排除をほのめかすものではないかと。団体で参加すれば、それは「一般市民」ではないということになり、つまり学校や職場の組織を否定するものではないかと・・・。
 たしかに自分の学校や職場を組織する努力を怠ってはならない。しかし言うほど簡単に出来るものではない。組織化が困難なら、個人で参加せざるを得ない。
 この幟を持っている人の真意は分からんから勝手な解釈をしてみたい。「一般市民がデモに参加する」ではなく、デモに参加する市民も「一般」なのだと。「一般」じゃない市民など存在しない。デモに参加することで「過激派」呼ばわりされるかもしれないが。誰しも「過激派」であり、「一般市民」だ(笑)
 実際に「一般市民」たるデモ参加者は、大多数が個人または少人数グループでの参加していた。SEALDsなど諸団体の存在はあまり意識していなかったようだ。市民団体や労組などの組織とは無関係な自作プラカードを掲げ、居合わせた人々が協力して鉄柵を撤去し、権力の不当な規制を厳しく弾劾し、戦争反対のために団結して闘っていた。SEALDsなんぞと遊んでいる暇なんぞない、労働者人民の隊列に加わらなければならない。


 ところでさ、これはSEALDsだけではないが「安倍辞めろ」に比重を置き過ぎではなかったか?
 そりゃ安倍はトンデモない人物だ。一刻も早く政界から追い払わなければならない。しかしあれは全く中身のない飾り物だ。あの滑舌の悪さ、おどおどした態度、虚ろな目つきを見れば分かるだろ。安倍が辞めりゃ、別の者があの位置につくだけだ。打倒すべきは自民党であり、日本帝国主義とそれを操る資本家だ。
 そういえばSEALDs関係者は野田聖子の総裁選出馬に期待していたな。どこまで馬鹿なんだか。というか安倍打倒を強調するあまり運動の幅が狭まり、SEALDsのような馬鹿をのさばらせることになったのではないかと。あるいは意図的な論点ずらしだったとか?安倍辞めろと言っても自民党倒せとは言わない、辺野古新基地反対とも安保反対とも言わない、決して闘おうとしない(闘わせようとしない)あいつらの策だったのかも?

 そもそもSEALDsは一体、どういう理由で戦争法制に反対していたのか?
 政府はこの悪法成立によって、南スーダンに国連平和維持活動(PKO)の名目で派遣されている自衛隊に「駆け付け警護」の任務(中国軍の警護。要するに中国の石油利権の維持)を与えることを検討しているというが・・・SEALDs界隈に言わせりゃ、油田開発を脅かすような集団は「テロリスト」であり、「過激派」だろう。この「過激派」を監視する中国軍の手助けをすることの何が悪いか説明できるのか?自衛隊を合憲とし、憲法九条改悪を唱える奴らSEALDsの立場で説明できるだろうか?そもそもSEALDs界隈は国会前で「過激派」排除に夢中だし、戦争法制に賛成するのが筋ではないかと思うが(笑)
 SEALDs界隈の立場でなくとも、自衛隊を内戦の絶えない国へ平和維持活動の目的で派遣し、場合によっては武装して現地の「テロリスト」と対峙することにどうして反対なのか、答えられるか?

 これに答えられる立場はただ一つ、全ての戦争、全ての軍隊を否定する立場だけだ。全世界で紛争が絶えないのは事実だが、PKOによって一時的な停戦を得てもその場しのぎではないか。これ以外にもやるべきことがあるだろう。平和のために軍事力の行使が必要だというなら、なぜパレスチナ人民への迫害・虐殺を止めないイスラエルを放置しておくのか。紛争の原因の多くを、国連常任理事国である大国の思惑が作り出している。まず大国の外交戦略を改めさせなければならない。もちろん全てのPKOを今すぐ止めろとは言えないよ。しかし一歩ずつ軍隊に頼らない世界に近づくべきだ。
 我々は戦争と軍隊の愚かさを訴えなければならない。軍隊は平和を守るものではない。軍隊があるからこそ戦争が起きる。自国の「国民」すら守ることはない。戦地に送られなくても兵士たちは軍隊の生活の中で虐待を受け、精神を病む。
 そもそも、誰が望んで一兵卒になりたいのか?誰が好んで殺し合いをしたいのか?SEALDsの学生は自衛隊合憲を言うが、自分で志願するつもりは無いだろ(卒業後はいい就職先を見つけたいんだろw)。
 しかし、この誰もが嫌う境遇を様々な理由で引き受けてしまう若者たちがいる。軍隊とはこの若者たちを次々と使い捨てにすることで成り立っているのだ。若者たちの将来が犠牲にされるのだ。だからこそ全世界のあらゆる軍隊を否定しなければならない。軍隊を否定しない反戦運動など無意味だ。
 我々人民は真の反戦運動のために一歩ずつ前に進まなければならない。我々の家族、恋人、友人、子どもや孫が最前線に送られる姿を、あるいは部隊の中で陰惨なリンチに遭う姿を想像してみるといい。これはサヨクの中でも異論があるだろうが、己のダブスタに気付かない既存のサヨク勢力など無用だ。人民の決起に従わないのなら切り捨てるまでだ。


 言うまでもなく戦争法制も日米安保も自衛隊という軍隊の存在も、憲法九条に違反する(だから反動勢力SEALDsは、憲法九条を改悪して自衛隊を合憲とせよ、という暴論を述べるのだろう)。しかし敢えて言うが、そもそも一番大切なものは憲法そのものではなく平和だろ。戦争を阻止すること、軍隊を解体すること、我々人民の命を我々自身が守ることが目的だ。
 ところでこんなニュースがある。
◇ 自衛官希望者2割減 募集 安保法審議の最中 (魚拓)
 防衛省の担当者は「民間企業の高校新卒者の求人が大幅に増えた影響が大きい」と説明したそうだが、景気が悪くなければ応募者が減るような組織は消滅するべきだ。いずれ自衛隊も海の彼方でアメリカ軍の傭兵として実戦投入されるかもしれない、という危機感がもたらした当然の結果だ。これは安倍政権の一つの功績かもしれない(笑)
 これからも我々は戦争の悲惨さと軍隊という組織の不条理さを訴え続け、軍隊志願者がゼロとなることを目指さなければならない。軍隊が無くなれば戦争も出来ないからな。同時に、「経済的徴兵制」に導こうとする政界財界の策動を労働者の怒りで粉砕しよう。そもそも戦争に動員されるのも、戦争を止められるのも労働者だ。労働者が軍需物資生産を拒否すれば戦争を始められない。
 異国の砂漠やジャングルで銃弾に斃れ、あるいは無関係な市民の虐殺を命じられるであろう人々の運命を、他人事だと思ってはならない。彼らの怒りを、連日のように国会前に結集した我々人民が共有しよう。SEALDs/日共などの反動勢力は踏み越えよう。
 実際に国会前に決起した人民の怒りは、決して奴らが利用できるものではないと感じた。さらに怒りをたぎらせ、反戦のために大結集して闘おう。職場や学校で組織して結集しよう。それが難しいなら個人参加でも構わないのだ。社会を変えるのは労働者の団結であり、人民の決起だ!



 9月25日は国会前弾圧奪還勝利集会に参加した。9.16国会正門前闘争で弾圧され、都内各地の警察署に分散して勾留されたが、この日に奪還したハンスト実行委員会や辺野古リレーの若者たち4人が、弾圧の模様、完黙非転向を貫いた獄中闘争、そして今後の意気込みを語った。正直なところ俺も弾圧されて不思議はなかったので、この集会は是非とも参加したいと思った。
DSCF5089.JPG

 ある弾圧被害者は、突然機動隊に取り囲まれ「拉致」された。どういう容疑で逮捕するのか告げなくてはならないはずなのだが。護送車の中では機動隊員が馬乗りになり、首を絞められた。警察署に連行された後も弁護士の接見を拒否された。なお護送車に連れ込まれるとき、デモ参加者から「ガンバレ!」と声をかけられ、励みになったという。
 彼らは警察署に勾留されて「心が折れそうに」なっているときも「外から応援する声が聞こえて」励まされた(都内各地の警察署前で連日のように抗議行動が行われていた)。取調官も動揺していたようで、「誰それが来てたぞ」と教えてくれたという。
 また、何度も弾圧された経験のある園良太さんは、「ネット上で弾圧被害者を非難する声があった」ことに言及。たしかにネトウヨや国家権力の犬であるSEALDs界隈からの中傷が目についた。別の集会の時に園さんが指摘していたことだが、弾圧被害者は必ずと言っていいほどネットで中傷される。しかし獄中なので反論できない。それらは捜査機関も読んでいて、揺さぶりに使う。だから弾圧被害者への中傷は絶対に止めてほしい。言いたいなら出獄してから直接言いに来てほしい・・・と。
 我々は監獄の中と外で団結して闘わなくてはならない。いつ自分も弾圧されるか分からないからな。今後も警察権力や右翼、SEALDs界隈、ネット上の中傷など様々な妨害が待ち受けているが、決して屈せず、労働者人民の団結を勝ち取り、闘わなくてはならない!
posted by 鷹嘴 at 00:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 集会、デモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
SEALDsの暴挙と、管理人さんの反戦論について、近々私のブログでまとめて論考したいと思います。
Posted by あるみさん at 2015年10月26日 20:46
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