◇ 総力特集_甲状腺がんと原発は関係あるのか20160311hououstation - Dailymotion動画
(まだ消されていないから速攻で観るべし!)
3月で降板する古館の花道を飾るためにテレ朝が総力をかけた・・・わけではないと思うが、重大な事実を突きつけた特集だった。ところで古館は最後の放送で「決して圧力がかかったわけではない」って言ってたな、そうですか。新しいキャスターはなんか日和ってるから観る気なくなったよ。
それはどうでもいいけど、遅まきながらごく一部をテキストに起こして、感想と私見を並べてみる。
福島の子どもたちを対象とした甲状腺検査は、2011年10月〜2014年4月に先行検査(1巡目)が、2014年4月から同じ子どもたちを対象に本格検査(2巡目)が行われている。1巡目検査では115人の子どもたちが癌または癌の疑いがあると診断された。さらに2巡目検査では2015年末の時点で51人の子どもたちに同じ診断結果が出ている。この2巡目検査開始の時点で東電福島原発事故発生から3年が経過しているのだが(甲状腺がんの原因の一つとされる放射性ヨウ素の半減期は8日だ)。既に116人の子どもたちが手術を受けている。
2016年3月11日、塩崎恭久・厚生労働省大臣が会見で、記者から「福島県の調査で子どもの甲状腺がん(確定)が116人見つかっている。震災前は100万人に1人から3人とも言われていた。これだけ見つかっていることに関して」見解を求められ、
「福島県における放射線による健康被害・健康影響の問題については、環境省の所管であるから、厚労省としてコメントする立場でない」
と突っぱねた。「国民の健康という側面から、厚労省としての見解はどうか?」と問われても同じことを繰り返すだけだった。この行政組織の役割の放棄をトップが宣言したと言える。日本政府にとって、東電福島原発事故による「健康影響」は決して認められないことだろう。
■ 県民健康調査健康検討委員会(参考)の多くの委員らも、子どもたちの甲状腺がん発症の原因が東電福島原発事故による放射能汚染であることを認めない。
甲状腺がんにはいくつか種類があり、もっとも多い甲状腺乳頭がんは手術をすれば命にかかわることは少ないという。しかし子どもの患者は首のリンパ節への転移や肺へ転移する頻度が高い。再発する場合もある。比較的珍しい疾患なので、まだ分かっていないことも多い。福島県で手術を受けた子どものうち、74%が首に転移していたという(昨年3月末時点)。
ある医学者から聞いた話だが「予後は比較的良好な」癌だという。しかし身体にメスを入れなければならないのだ。手術の跡も残る。甲状腺は新陳代謝を司るホルモンを分泌する重要な器官であり、摘出すれば一生ホルモン剤を服用しなければならない。こうして生涯に渡る苦痛・負担を背負うのだ。
子どもが甲状腺がんになった親は皆、「死なないなら、たいしたことはない」と思ってほしくない、と語るという。当然のことだ。
子どもが甲状腺がんになった父親が、医師に原発事故との関連性を尋ねたところ、医師は「原発とは関係ない」と断言した。何度聞いても同じ答えだった。あるかないか分からないではなく、「(被曝の影響では)ない」と断言したという。この医師はそういう立場の人間なんだろうな。
患者の家族から、「医師とコミュニケーションがうまくいかない」「いわれなき差別を受けた」という声も出ているという。水俣病患者と家族が差別を受けたような状況が福島で起こっているのかもしれない。
今年、「311甲状腺がん家族の会」が発足したが、参加したのは中通り4家族、浜通り1家族だという。(注:この番組の放送は2016年3月11日です)
■ 検討委による「県民健康調査における中間取りまとめ」は、従来の国内の統計より「数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」ことは認めつつも、
「将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している可能性が指摘されている」
と述べている。いわゆる「過剰診断」がもたらす「スクリーニング効果」だと言いたいのだろう。
さらに、
●被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さい
●被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短い
●事故当時5歳以下からの発見はない
●地域別の発見率に大きな差がない
ことなどを挙げ、
「総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい」
としている。
もっとも「放射線の影響の可能性は小さいとはいえ現段階ではまだ完全には否定でき」ない、と予防線を張っているが。
多くの検討委メンバーの意見はこの「中間取りまとめ」に沿うものだ。
検討委の長崎大学・高村昇教授は 「チェルノブイリ事故では0〜5歳で多発していた」と、
国立がん研究センター津金昌一郎氏は「死に至らしめないような甲状腺がんを多数診断している、いわゆる過剰診断と考えるのが妥当」「臨床症状をもたらさないがんまで見つけている」「甲状腺がんは進行が遅く、長い期間症状が現れない」 「大人になっても症状が出ないような癌まで見つけている」と述べる。
■ 検討委のメンバーらが言うように甲状腺がんの多発は東電福島原発事故と無関係だとしたら、116人の子どもたちに施した甲状腺摘出手術は、必要のない行為だったのだろうか?
この手術の全てに携わる福島県立医科大学・鈴木眞一主任教授は、
「今回見つけているものは、リンパ節に転移していたり、甲状腺の外に出ていたり、またそれが強く疑われるものに対して治療しているので、過剰診断ではない」
「摘出した甲状腺がんの約75%にリンパ節への転移があったので、過剰診断ではない」
と強調する。
そのような直ちに手術を要す癌が福島県だけに多発したということは、やはり東電がまき散らした放射性物質が原因ではないか?しかし鈴木氏は「放射線の影響とは考えにくい」という立場だ。手術が必要な甲状腺がんが潜在的に存在していたということか?
この質問に鈴木氏は「そうだと思います」と答えた。ならば、手術しなければならない病状が今まで放置されていたのか?「結果的にみんな手術をしているじゃないですか!」
鈴木氏の回答ははっきりしたものではなかった。
「難しい問題があります。転移までは早いかもしれないが、進行して多臓器に転移するとか、命に関わるとか、非常にゆっくりしている」
リンパ節などに転移しても今は症状が無いが、将来発症し重い症状になるかもしれない甲状腺がんを、いま検査で発見している、というのだ。それがいつ発症するかは「確証を持てない」。
「我々が治療したものでも、多分すぐにでも見つかったであろうものもあれば、しばらく見つからないものを見つけている可能性もあるだろう。ただそれが、この先、急に大きくなるのかならないのかは我々予測して治療はしません」
・・・結局、放射線が原因だと認めたくないために言葉を濁しているだけだ。
■ 2016年2月15日の検討委会議で弘前大学被曝医療総合研究所・床次眞司教授が、2011年4月に福島県沿岸部から避難した62人に対して行った甲状腺被曝線量測定に言及した。最も被曝量の高い子どもで23ミリシーベルトであり、チェルノブイリの検査結果より甲状腺被曝線量は低かったという。
すると検討委の星北斗座長(福島県医師会副会長)が、床次氏の話を乱暴にまとめて「福島の被曝線量はチェルノブイリと比べて極めて小さい、これらのがんは放射線の影響とは考えにくいという見解を続ける」と乱暴に結論付けた。
床次氏は、
「それだったら私の説明はいらない、あくまで集団としてとらえた場合を比較したわけで、個人の、ガンになった人たちの議論をしていない」
「報告書案に、放射線の影響の可能性は小さいとはいえ、現段階では完全には否定できず、って書いてあるが、それだったら『考えにくい』って書かないほうがいい。まだ段階・・・端緒を開いたばかりですよ」
と批判する。
■ 番組はチェルノブイリ現地を取材した。ここでは事故当時18歳以下の子ども約7000人以上から被曝が原因と見られる甲状腺がんが発生している。
原発から約80km離れたウクライナ北部の街「チェルニーヒウ」は比較的汚染が低いとされ、避難区域にはならなかった。しかし事故当時は子どもだった50人以上から、甲状腺がんが見つかっている。
ある30歳の女性は事故当時生後11ヶ月だった。14歳の時、甲状腺がんが発見され摘出手術を受けた。自分が甲状腺がんになるとは夢にも思わなかったという。首には今でも「チェルノブイリ・ネックレス」と呼ばれる手術の跡が残る。手術を受けた当時はこの傷跡が気になった。両親は「具体的にどんな事故が起きたのか全く知らなかった。子どもたちへの避難指示もなかった」と語る。
チェルニーヒウ市立診療所のワレンチーナ・ワーヌシュ内科部長によれば、この年齢層の発症に特長があるという。
「すぐに発症したわけではありません。12歳〜14歳になって、はじめて甲状腺がんが見つかったのです」
事故当時5歳以下の発症は、事故後早くて7〜8年後の思春期に入ってからだった。なぜそうなったかは、分かっていないが。
ベラルーシ国立甲状腺がんセンターのユーリ・デミチク所長は、
「被曝線量が低くても甲状腺がんが発症する可能性があります。これ以下なら大丈夫という値はありません」
と指摘する。チェルノブイリ原発事故の被害にあった地域より被曝線量が低いからといって安心できるわけではないのだ。
取材班が福島の子どもたちの甲状腺検査結果を見せると、彼の顔色が変わった。
「なぜ2巡目になって(51人もの子どもたちに)見つかったのか腑に落ちません」
「検査ミスがあったのかもしれませんし、信じられないことがこの2年間に信じがたいことがあったのかもしれません」
■ 検討委の中にもこの検査結果に不安を感じているメンバーがいるようだ。検討委の中の唯一の甲状腺がんの専門家である日本医科大学・清水一雄名誉教授(検討委)は次のように語る。
「2巡目で51人というのは比較的多いですね。1巡目のときにA1(異常なし)だった人が(がんまたはがん疑いが)一番多いのが気になる」
さらに、2巡目の検査で見つかった腫瘍の中に30mmまで成長したものがあったことに注目し、「2年間で3cmまで大きくなるのはあまり考えにくいこと」と述べる。
また専門外の研究者からも疑問の声が出ている。神戸大学大学院・牧野淳一郎教授(計算科学)は「誤差の範囲では説明できない。被曝の影響も考えの一つに入ってくるのではないか」と述べる。
牧野教授の理論は俺には難解だが、大雑把に言えば・・・仮に放射線の影響が全くないとすれば、2巡目の検査で新たに癌が発見される人数は、対象者の年齢がシフトする部分だけだ。しかし現実の検査結果はこの部分を大きく上回っている。
私見だが、東電がまき散らした多種の放射性物質が、人々の身体を静かに蝕み続けているのではないか・・・。
しかし検討委・星北斗座長は態度を変えない。3月7日、外国員特派員クラブの会見で星座長は以下のように述べた。
「放射線の影響があって増えていくのかという質問ならば、現時点では私はそういうふうには見ていません」
ただし、「それを頭から否定する気もありません」とも述べている。これも将来に向けた予防線だろうか。
■ ここで一旦、この番組の話から離れる。繰り返すが甲状腺がん多発と原発事故の因果関係を検討委が否定する根拠は、
●被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さい
●被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短い
●事故当時5歳以下からの発見はない
●地域別の発見率に大きな差がない
この4点だ。しかしこれらについて、岩波書店「世界」2016年3月号に掲載された「チェルノブイリ被災国の知見は生かされているのか 『ロシア政府報告書』から読み解く甲状腺がんの実態」が、「ロシア政府報告書」に基づき反論している。以下は「前進 2016年4月7日 第2738号」より孫引き。
◇ 福島小児甲状腺がんが167人に 検討委の「放射線の影響ではない」論はすべてうそだ
●被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さい
たしかに1歳児の甲状腺吸収量を比較すると福島の最大値よりチェルノブイリ事故の高度汚染地域の最大値がはるかに高いが、ロシアでは被曝量が低い地域(福島の最大値より低い)でも甲状腺がんが多発した事実がある。
●被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4 年と短い
1987年の統計で既に甲状腺がんが著しく増加していた。チェルノブイリ原発事故発生は1986年である。
●事故当時5歳以下からの発見はない
事故当時は0〜5歳だった子どもたちは、事故から10年経ってから甲状腺がんが多発したという。報ステのウクライナ取材の通りだ。
(※追記1)
●地域別の発見率に大きな差がない
昨年岡山大学の津田敏秀教授が、福島県と全国では発症率に大きな差があり、県内でもバラつきがあることを示している。
◇ 「福島の子供の甲状腺がん発症率は20〜50倍」 津田敏秀氏ら論文で指摘
(※追記2)
■ 番組の話に戻る。中通りに住む、原発事故発生当時は高校生だった直美さん(仮名)は、甲状腺に出来たシコリに針を刺し細胞を採取する検査を受けたところ、甲状腺がんと診断された。リンパ節への転移もあったため、甲状腺とその周囲の組織も手術で摘出された。手術後の3ヶ月ほどは声がかすれて出なかった。
「何で私なんだろう、と思ったことあるんですけど」
「本当に手術の後の一週間がすごく辛かったです。何回も吐いちゃうんです。まず気持ち悪くて、お腹が空いても食べれないのが辛かったです」
「声が出ないのが一番つらかった」
首には手術の跡が残るため、どうしてもこれが隠れる服を選ぶという。その後体調が悪化し進学した学校を退学せざるを得なくなった。
「夢を追いかけて仕事にしたかった。治療に専念しなければならないというのは薄々思っていた」
「どのくらい被曝したのか知りたい。本当に原発のせいなのか、せいじゃないのか。みんながそう思っているんで。早く白黒はっきり、本当はどうなのかというのは、はっきりつけてほしい」
・・・以上、実に重大な問題を浮き彫りにした特集だった。
実際のところ、現段階の科学では福島の子どもたちの甲状腺がん多発の原因が、東電がまき散らした放射性物質であると立証することは不可能だろう。ここで見たように内部被曝の健康被害の研究が進んでいるとは言えない(科学者・医学者がこの研究から避けているようだ)。
しかし福島で健康被害が起こっていること、2011年3月に東電福島第一原発が大事故を起こし放射能汚染が止まらないことは、動かない事実だ。であるから科学的な究明は二の次にして、直ちに健康被害を受けている人々を救済し、放射線量の高い地域・内部被曝の危険がある地域からは、せめて子どもたちだけでも避難を勧めるべきだ。
かつて水俣病は、発見当時からチッソの廃液が原因であると疑われていたが、科学的実証には時間がかかり、廃液垂れ流しが続いていた(実際にはチッソの工場のオクタノール製造プラントが停止するまで続いた)。患者は伝染病ではないかと疑われ中傷と差別を受けていた。水俣病被害者は黙殺されたのだ。今でも患者としての認定を受けられない被害者は多い。
これは受け売りだが・・・刑事事件の裁判は「疑わしきは罰せず」を守らなければならないが、公害病や薬害の認定は「疑わしきは救済する」方針で臨むべきではないか。実際は「疑わしきは放置」されることが常だ。
日本政府と資本の頭にあることは、オリンピックであり、大企業の利益であり、原発再稼働と増設・新設であり、福島の復興という名の下に原発事故を忘れさせることだ。原発事故被害者の救済など眼中にない。だからこのような政治権力と資本家を打倒し、我々の社会を我々の手に取り戻さなくてはならない。
※追記1 岩波書店「世界」2016年3月号に掲載された、尾松亮氏(ロシア研究家)の「チェルノブイリ被災国の知見は生かされているか」(P-101〜106)は、チェルノブイリ原発事故についての「ロシア政府報告書」の中から甲状腺がんに関する調査を紹介している。「甲状腺がん多発と東電福島原発事故は無関係である、そもそもがんが多発しているとは言えない」・・・という日本政府と御用学者の主張(以下の青文字部分)を決定的に突き崩している。この報告書の正式な名称は「ロシア主要被災州における住民の甲状腺癌件数の推移」。
●チェルノブイリ原発事故の影響で住民が甲状腺がんを発症したのは事故4、5年後だった。
福島の場合、甲状腺の異常が多く見つかっているという診断結果が出ているが、原発事故後、わすか1年から4 年ほどしか経っていない。
つまりこの診断結果は原発事故とは無関係であり、スクリーニング効果によって多くの甲状腺の異常を発見してしまっただけだ
しかし「ロシア政府報告書」には、
「チェルノブイリ原発事故以前、甲状腺癌の検出件数は平均で1年あたり102件であった。事故以前の時期の最少年間件数は、1984年の78件である。それがすでに1987年には甲状腺癌検出件数が著しく増加し、169件に達した」という報告がある。甲状腺がん発生は86年では100件を超える程度だが、87年から増加しているという。
なお、91年以降は激増し、93年は300件、97年は400件、2002年は500件を超え、08年には600件近くに達している・・・。
●チェルノブイリ原発事故の影響で事故当時5歳以下の層に甲状腺がんが多発した。
しかし福島ではこの年齢層の層に発症はない。だから福島での甲状腺診断結果は原発事故とは無関係だ
チェルノブイリ原発事故は1986年4月。「事故時0〜5歳」の層に甲状腺がん発症が増加したのは、彼らが10歳以上あるいは10代半ばになった95年頃からだ。事故当時幼児だった子どもたちが甲状腺がんを発症したのは10年近く経ってからだった。だから現時点で「事故当時5歳以下からの発見」がないことも、チェルノブイリとの相違点ではない。むしろ「類似性」だ。
今後チェルノブイリと同じ経過をたどるなら、「事故当時5歳以下」だった子どもたちも将来甲状腺がんを発症する危険性がある。
●被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さい。
だから甲状腺異常発見は東電福島原発事故とは無関係だ
たしかにチェルノブイリ原発事故の影響を受けた地域の汚染度は福島より高い。
UNSCEAR(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation ――原子放射線の影響に関する国際科学委員会)の推計では、福島県内の1歳児の甲状腺吸収量の最大値は80ミリグレイ。一方チェルノブイリ原発事故の高度汚染地域では、一部で500ミリグレイ以上だという。
しかし「ロシア政府報告書」には地域ごとの児童の甲状腺被曝推計一覧がある。チェルノブイリ原発から500km以上離れたロシアのカルーガ州南部では10〜20ミリグレイまたは20〜50ミリグレイ程度の甲状腺被曝が推定されているが、これらの地域でも甲状腺がんが増加したという。
つまり福島と同程度あるいは低い被曝量でも、甲状腺がん発症の増加はあり得るのだ。何度も言うようだが内部被曝/低線量被曝の影響は被曝線量の程度の問題ではない。わずかな被曝、わずかな放射線物質の吸収でも、後々健康被害をもたらす危険性があるのだ。
※追記2
●(福島県内での甲状腺がん発症は)地域別の発見率に大きな差がない(だから原発事故とは無関係だ)
これについては、尾松亮氏の論文と同じ号(岩波「世界」2016年3月号)掲載の、岡山大学教授・津田敏秀氏(医学博士)の「福島・甲状腺がん多発の現状と原因」(P-87〜100)が、福島県内の甲状腺がん発症の分布を示して解説している。(以下、この論文から引用)
他の都道府県と比べて発症率が高いのは言うまでもないが、県内でも地域によって発症率の差異が高い。東電が放出した「放射性ブルームの流れと甲状腺がん検出割合はほぼ一致している」。
福島県と全国の発生率の比較や、福島県の「先行検査」と「本格検査」による発見率の推移などから、福島県の事態は決してスクリーニング効果などではないことを解き明かしていくので、是非読んでほしい。
なお津田氏は、原因不明の疾患が発生した場合の、
【原因】 ⇒ 【因果関係】 ⇒ 【結果】
の概念図を図示している。東京電力福島第一原発の事故という「原因」が、甲状腺がん多発という「結果」をもたらしたことは言うまでもない・・・はずだが、「ここに分子や遺伝子、細胞、あるいは実験動物の観察の話」を持ち出す「専門家」もいる。「実験医学こそが科学だと信じている研究者が多数を占める日本」では特に見られるというが、これらは「間接的な検証」に過ぎず、「直接的な検証」の対象は人間のはずだが、この原則を無視する「専門家」が多い。
そして「物理学を中心とした」いわゆる「専門家」は、100ミリシーベルト以下の被曝では健康への影響は無いという「100msv閾値」を掲げ、原発事故の影響を否定する。100ミリシーベルト以上の被曝と、それ未満の被曝の間には「閾(しきい)」があり、閾値未満では健康被害はあり得ないというのだ。全くの素人が考えても馬鹿げた話であり、繰り返すが低線量被曝や内部被曝の脅威を無視している。
こうして「専門家」は「原因の方、すなわち被ばく量から考えて否定し続けているのである」。しかも医学者すらこれに追従する。19世紀半ばに出現した、【原因】の側から考える「実験医学」に、日本の医学者らは「慣れ親しんでいるので」、【結果】の視点から考えるのではなく、【原因】から考えてしまう。被ばく量については物理学者の言い分を鵜呑みにし、「事故との因果関係は考えにくい」を繰り返す。「因果関係を表現する語彙も専門知識も持たない」のだ。
元来、医学に於ける原因発見の歴史は、常に病気の⇒【結果】の側からの視点から行われてきた。「もともと病気の原因など皆目見当が付かないところから発見されてきたのだから当然と言える。病気の多発から原因食品や原因施設を判明させて食品衛生法に基づいた対策を立てる食中毒事件においても同様である」。この方法は現在では「実地疫学」として確立している。「社会で生きる人々の病気の原因はこのように明らかにされてきたし、されてゆくのである」。
もっとも最近の因果関係論は、病気多発の事実を「定量的数値として厳密に科学的に求める方法論が発達」しているが、「このような医学における因果関係の推論方法の基本が、関係者の間で一致していない(標準的でもない)」ことも、「100msv閾値」がまかり通る現状を招いているという。
なお・・・1980年代、オーストラリアの二人の研究者が、慢性胃炎や胃潰瘍の原因の一つにヘリコバクター・ピロリ菌の感染があり、これが胃がんの原因にもなることを証明した。(この研究者らは後にノーベル生理学・医学賞を受賞)。「今日その因果関係に関して誰も疑う人がいない」事実となったが、「WHOの科学的な因果関係付けについていけなかった日本人研究者たちもいた」。1994年12月14日・朝日新聞夕刊によると、日本の「多くの研究者」が「WHOが途上国の胃がん予防の促進を狙った政治的な意味合いもあるのではないか」と、見ていたという。全く愚かなことだ。日本的な現象だと言えるかもしれない。
このように、「新しい科学的知見に接した時に、それを政治的意図で出された俗説のように見えてしまう」、「専門家」が少なくない。福島の事態を「風説」だと決めつけ、「イデオロギーとも言える観念に絡め取られてしまって、逆に『風説』を言いふらしている状況」だ。たしかに甲状腺がん発見はスクリーニング効果だ、福島はもう安全だ・・・などと「風説」をまき散らしているな。
100msv閾値論の誤りも甲状腺がん多発の情報も、イデオロギーに絡み取られた人々により遮断されている。正確な情報は福島県民に知らせるなと言わんばかりである。
こうした問題が日本で、歴史上、特に、水俣病問題、薬害問題、乳児突然死症候群などの環境問題や保健医療問題で繰り返されてきた理由は、国策・所得倍増とかの夢の薬、現代風の乳児の寝かせ方とかいうような美辞麗句に抵抗できず、科学的根拠を無視するからである。イデオロギーはしばしば美辞麗句の下に生じる。科学的根拠に基づいて専門家が指摘することすら無視されることを繰り返している以上、科学の発達も国民の安全保障も達成不可能になる(引用は以上)
そういえば水俣病も、【原因】の側から議論が進められた。荒唐無稽な推測が行われ、科学的な因果関係が解明されるまでチッソも日本政府もチッソ水俣工場の廃液が原因であることを認めなかった。
一方では、戦時中に浜名湖産のアサリ・カキ中毒事件が発生した際、原因は不明だったが直ちに貝類の採取が禁止されたという(過去ログ参照)。
この中毒事件への迅速な対応と比較すれば、あまりに無為無策な水俣病や東電福島原発事故への対応は、津田氏が指摘するように「イデオロギー」に支配されているものではないか。
日本は工業立国であるから、チッソ水俣工場の操業は止められない。福島原発事故は収束したから住民は帰還するべきだ。100msv未満の被曝で健康への影響などあり得ない。原子力は明るい未来のエネルギーだ・・・という、この国を支配する愚かなイデオロギーが多くの人民の命を奪うのだ。