2017年05月06日

【志布志事件にみる共謀罪の危うさ】

 2017年4月15日・東京新聞【こちら特報部 志布志事件にみる共謀罪の危うさ】から引用。
 志布志事件とは、鹿児島県志布志市で行われた、国家権力による恐るべき犯罪だ。この事件の概要は新聞報道などで読んでいたが、この記事を読んで改めて日本の警察組織の異常性に愕然とした。
 標的になったのは2003年の鹿児島県議選で初当選した中山信一さんと支援者だった。選挙運動の際に住民に現金などを配ったとして、公職選挙法違反で中山さんを始め13人が起訴されたが、これは全く根も葉もないでっち上げだった。警察は、中山さんと支援者が選挙違反を行ったと頭から決めつける態度で厳しい取調べを行った。


 ビジネスホテルを経営する川畑幸夫さんは中山さんの親戚で中山さんの選挙を応援していた。2003年4月、川畑さんの自宅に突然3人の刑事が訪れ「選挙のことで聞きたいことがある」と告げ、任意同行を求められた。志布志署の狭い取調室で、任意なのに夜11時までの聴収。警部補が「ビールを配っただろう!」「認めろ。はけ」と机をたたいた。
 取り調べ三日目にはこの警部補が紙に、この男性の父や孫の名前と共に次のような言葉を書いた。
 「お父さんはそういう息子に育てた覚えはない」
 「早く正直なじいちゃんになってね」

 そして警部補はこの紙を床に置き、川畑さんに「踏み字」を強制した。
 「こんわら(こいつ)は親、子どもを踏みつけるやつじゃ」
 と叫びながら、川畑さんの両足を強くつかみ、何度もこの紙を踏ませたという。
 まるで江戸時代のキリシタンへの「踏み絵」のような拷問だ、いや拷問そのものだ。戦前の特高警察のような直接的な暴力はなくとも、人間の精神を極限まで追い詰める行為だ。
 川畑さんは逮捕後も否認を貫き、不起訴になった。警部補は特別公務員暴行凌辱罪で有罪が確定。


 中山さんは当選の2ヵ月後に「有権者に計191万円を配った」という容疑で逮捕され395日間勾留された。不衛生な拘置所でじんましんが出ても受診を認められなかった。「これは冤罪じゃなく、警察の権力犯罪。なのに検察も裁判所も誰も過ちを止めようとしない。この国は異常だ」
 たしかにその通りだ。冤罪というのは何らかの事件があり、誤認あるいは思い込みや警察の都合で容疑者を逮捕することを言うだろ?しかし志布志事件については、選挙違反の行為自体が全く行われていない。全て警察の作り話だ。国家権力による拉致・監禁行為だ。
 中山さんの会社の従業員だった川畑まち子さんも18日間の任意聴収を受け、「踏み字」を迫られ、「認めなければ家族も引っ張る」と脅された(これも権力がよく使う手口だな)。否認を貫いたが長時間の取調べで頸椎ヘルニアが再発し2ヶ月入院した。
 「まじめに生きてきた平々凡々な私が、こんな事件に巻き込まれるなんて。体験して初めて知った。警察は市民を守らない」


 買収が行われたとされる集落は志布志市街から車で40分の山間地にある「懐集落」。事件当時は7世帯20人、在宅も含めて9人が起訴された。この集落に住む藤山忠さんは「警察はばかか。こんな奥地の集落に選挙で大金を落す値打ちがあるか」と憤る。たしかに20人の集落に190万円の賄賂が必要なら、いくら金があっても足りねえな。
 隣家から金品を受け取った容疑に問われた藤山さんは、連日の取調べで会社に行けず、「取調室で長時間、パイプいすに座った姿勢を強いられ、左足が動かなくなった」。取調官から「みんなも認めた。認めれば早く仕事に復帰でき、罰金で済む」とささやかれ(これも権力がよく使う手口だな)、虚偽の自白に追い込まれた。
 しかし、買収会合があったと警察が決めつけている隣家の間取りが描けない。そりゃそうだ全部警察の作り話なんだから。
 藤山さんは初公判で否認に転じ、186日間勾留された。集落では自殺未遂に追い込まれた人もいた。「早朝から牛を養い、仕事に出かけ、迷惑をかけまいと生きてきた。心の傷は消えず、時間も取り戻せない」
 2007年に12人全員の無罪が確定、15年に損害賠償約6000万円の判決が確定。しかし被害者らが求めている県警の直接謝罪は未だ行われない。県警は「事件は警察のでっち上げ」と認めていない。
 「それが事件の本質。本部長が集落に来て、でっち上げを謝って、初めて再発防止につながるんじゃないか。この事件は今も終わらないんです」


 この恐ろしい警察の犯罪を絶対に忘れてはならないが、ここにきて自民党政権政権は再び共謀罪の成立を目論んでいる。「公職選挙法は同罪に該当しないが、運用するのは同じ司法当局だ」。事件の被害者は口々に共謀罪を危惧する。
 「一般人を対象にしないなんて口だけだ。今よりもっと簡単に逮捕できるようになるんじゃないか。私たちの取り調べの可視化を求める街宣活動も、法案の『組織的犯罪集団』とみなされかねない」(川畑さん)
 「共謀の恐れを口実に一人一人を監視下に置く社会になるのでは。私のように警察を批判する人間は真っ先に監視対象かもしれない。でも事件を風化させない」(藤山さん)
 「何の嫌疑もない人を任意同行し、内心を責め立て、うその自白を強要したのが志布志事件だ。これほどまでに捜査権の乱用を抑えるシステムが不十分な現状で、共謀罪が施行されれば、自白の強要はますます増える」(被害者の弁護人だった野平康博弁護士)


 というわけで以上は2017年4月15日・東京新聞【こちら特報部】からの引用。なお、書いた本人がすっかり忘れていたが、このブログでも過去にこの事件について新聞記事などから引用している。
◇ 鹿児島での血も凍る冤罪、無罪判決!
◇ テレ朝「ザ・スクープ」鹿児島志布志市の冤罪事件
 ちなみにウィキペディアの項目によると・・・中山さんが立候補した選挙区は定数3、当初は自民党公認の現職3名が無投票で再選される見通しだった。しかし中山さんが立候補したことで激戦になり、中山さんは3位当選、現職1名が落選した。
 はなゆーさんの旧ブログの2007年6月の記事は、朝日新聞の記事をコピペしているが(既に魚拓も消えている)、それによるとこの事件の捜査を指揮した県警の幹部が、ある県議と「捜査情報などをやりとりしていた疑い」があったという。
 「関係者によると」、警部とこの県議は、警部の親族の仲人を県議が務めるほどの親しい仲だったという。「捜査幹部の一人」は、「無投票にしたかった県議と、県警本部に戻ったばかりで早く実績を残したかった警部の思惑が重なった捜査だった」と証言したという・・・今となっては真相は闇の中だが。

 また、これも自分の過去ログを見て思い出したが、2011年に埼玉県深谷市で、市議選に当選した男性が、有権者に食事を無料で提供したという容疑で逮捕されたが、これも志布志事件と同様、警察のでっち上げだった(処分保留で釈放)。
 気持ち悪い想像だが、政権にとって(あるいは地方自治体の首長や議会の多数派にとって)都合の悪い人物が当選した場合、これらの事件のようなでっち上げで議員の座を奪うこともあり得るのではないか・・・まあそこまで行けばどこぞの独裁政権だが。(既に日本も同じレベル?)
 なにしろこの国じゃ裁判所も警察の言いなりだから怖い物なしだよな。誰でもいいから逮捕して、自白を強要しすればいいんだからさ。そうやって、奴らの目的(決して犯罪の摘発などではない)である・・・組織の維持、点数稼ぎ、予算獲得、あるいは政治目的の弾圧を達成できるんだからさ。


 2017年4月21日・東京新聞【こちら特報部 共謀罪で変わる警察活動】にて、元北海道警察釧路方面本部長であり退職後に道警の裏金問題を告発した原田宏二さんは、共謀罪について「警察の権限強化につながるだけで、これでテロの抑止にはならない」と断じる。
 また、政府は「一般人には適用しない」と繰り返すが、「本気で言っているとすれば、『一般人』とは政府の方針に相反する主義主張をしない人、を指すのだろう」と語る。これは我々全てに当てはまる。「平々凡々」と暮らしていようとも、誰しも気が付けば「一般人」ではなくなっているだろう。権力に目を付けられた瞬間に、凶悪犯やテロリストとなるのだ。
 そして国家権力は「一般人」ではない人間に対して、より過酷かつ卑劣な態度で臨むのだろう。
 「犯罪の計画が書面にでもなっていれば別だが、普通は残さない。共謀を立証する支えは、言った言わないの言葉のやりとりになる。供述や自白に頼ることになっていく可能性はある」
 そりゃそうだな銀行強盗の計画とか文書に残すわけねえから、共謀罪は警察にとって好都合だろう。目を付けた人物をしょっ引いて、警察のシナリオを演じさせればいいんだから。

 ところで・・・この悪法は絶対に阻止しなくてはならないが、我々全ての人民は日頃から警察とはどういう性質なのか熟知しておくべきだ。
 だいたい警察の手口は決まっているだろ。「吐かなければ何年もぶち込んでやる」「お前の家族もしょっ引いてやる」「お前が犯人でなかれば友人の何某が犯人なんだな」などと脅す一方で、「正直に話せばすぐ返してやる」「数年で出てこれる」などと揺さぶりをかけるだろ。
 正直に話せば・・・つまり警察のシナリオ通りの自白を受け入れてしまえば、起訴されちまうだろ(笑) だから完全黙秘を貫かなければならない。
 それと「任意」の聴収も「任意の「同行」も応じてはならない。応じる必要はない。なにしろ「任意」だからな。
 いつ自分に権力犯罪の刃が向けられるか分からないから、日頃から覚悟を決めておかなくてはならない。警察とは所詮、ヤクザ・ゴロツキだ。しかも武器や資本力もあるし裁判所まで手なずけているから厄介だ。ホントはこれじゃ困るが、現状はどこの国でもそうなってるんだよ。
 ああいう国家/資本家の用心棒が、つまりは金持ちの味方(笑)が、我々労働者人民の味方のわけがないだろ。奴らは我々の敵なんだよ。犯罪の摘発よりも、体制を守ることが真の目的だ。この支配が続く限り、悪法成立を一つ阻止しても、あの手この手で弾圧が行われ、人民の権利は踏みにじられる。冤罪もでっち上げも政治弾圧も繰り返されるだろう。だから根本的にこの支配を覆さなければ社会は変わらない。
 もし自分や仲間が弾圧されれば、獄壁の内外で団結して闘うまでだ。労働者人民の団結した力こそが権力と闘える。こうした闘いが情勢を動かし、社会の全てをを労働者人民の手に取り返すことできるだろう。


追記: 2017年5月3日、愛媛県今治市の市営住宅で高齢の女性が刺殺される事件が発生したが、この事件の参考人として「任意」の聴取を受けていた女性が5日に自殺した。この殺人事件と自殺した女性との関連性など全く窺い知ることは出来ないが・・・「任意」とは言うが過酷な聴取が行われ、この女性を追い詰めていたようだ。女性は事件との関与を否定し、遺書は「私はやっていない」という内容だったという。

◇ 愛媛の親子死傷事件、任意聴取した女性が自殺:朝日新聞デジタル

◇ 自殺女性「やっていない」 愛媛の母子殺傷、遺書で否定:朝日新聞デジタル

◇ 冤罪は「任意取調べ」で作られる。(寺林智栄)



posted by 鷹嘴 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 権力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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