2005年06月24日

劉連仁さんの訴訟が逆転敗訴

「国賠法」とか「相互保証」とかいう部分が理解できん。

中国人強制連行訴訟、原告側逆転敗訴 東京高裁判決
2005年06月23日15時05分

 第2次大戦中に中国から強制連行され、強制労働させられていた北海道の炭鉱から脱走、道内の山野で13年間逃亡生活を続けた劉連仁(リュウ・リェンレン)さん(00年死去)が、国に2000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が23日、東京高裁であった。西田美昭裁判長は、請求を全額認めた一審・東京地裁判決を取り消して請求を棄却する、劉さん側逆転全面敗訴の判決を言い渡した。劉さんの遺族は上告する方針。

 高裁は一審同様、「銃剣を突きつけられて強制連行され、極めて劣悪な環境で強制労働させられたうえ、脱走後も過酷な体験を強いられた」と認定した。そのうえで「国家賠償法施行(47年)前の国の権力行為について国は責任を負わない」とする「国家無答責」の法理を適用。戦前の国の責任は否定した。戦後の国の責任については一審と同様、「国は劉さんを捜索し、保護する義務を怠った」と認めた。

 しかし、高裁は二つの理由から国を免責した。

 まず、「外国人が被害者の場合は国同士の相互の保証があるときに限り適用する」と定めた国賠法6条を引用。同法施行から劉さん発見(58年)の間、中国には国賠法がなく、日中両国民が互いに他方の国に国家賠償を求められる「相互保証」が成立していなかった――と一審にはなかった判断を示し、請求は認められないとした。

 続いて、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」の適用について検討した。

 外務省は終戦直後の46年、各地での強制連行・労働の実態などをまとめた公文書を作ったが、58年に劉さんから賠償を求められた際、「文書の所在が不明」などとして要求に応じなかった。

 高裁はこの対応を「不公正」と批判しながらも、「それが原因で提訴できなかったとはいえない」として、除斥期間を適用した。一審は外務省の態度を問題視して「除斥期間の適用は正義公平に反する」としており、対照的な判断となった。

 判決によると、劉さんは44年9月、山東省から強制連行され、北海道沼田村(現・沼田町)の炭鉱で強制労働させられた。終戦直前の45年7月30日に脱走、終戦を知らずに洞穴などで生活し、58年2月に当別町の山中で保護された。96年に提訴したが、一審判決前に87歳で亡くなり、妻(83)ら遺族3人が訴訟を継承。一審判決を不服として国が控訴していた。
posted by 鷹嘴 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦後補償 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック