日本帝国主義は、朝鮮植民地支配の初期に人民に対し「夫役」(ぶやく)という無給の強制労働を課していた。たとえば中世から江戸時代までの日本で、領主が農民を無給の土木作業などを強制的に動員することがあった。この奴隷労働自体が納税だったのだ。日帝はこれと同じことを朝鮮人民に課していた。
たとえば土木事業が計画されると、そこの農民は補償も無く農地を奪われる。さらにその事業のための無給労働に動員されるのだ。あるいは遠隔地に連日のように動員されることも、農繁期を考慮されないこともあった。
こうした夫役は朝鮮王朝時代にも行われていたことだが僅かな日数に過ぎなかった。しかし日帝支配下では年間数十日に渡ることもあったという。
【夫役(ぶやく)という奴隷制度】
戦前のジャーナリスト中野正剛が、著作「我が観たる満鮮」(大正四年五月二十八日 政教社)にて、「夫役」の実態をレポートしている。
・・・試みに一歩地方へ踏出せば憲兵に対する怨嗟の声は、至る所の巷に充てり。余は先日湖南線視察の途次、其第一日を大田に暮らしたるが、忽ち同地に於て憲兵の弊の一例を発見したり。大田の市街を西に去りて公州に向ふの一道路あり、当時よりの商習慣によりて可なりの往来あり、夙に坦々たる大道となれり。然るに忠清南道の警務部長は大田橋より見渡して、之と並行する他の直線道路を設けたり。其理由とする所は、当来の道路が屈曲蛇行するは、前方を直視するに不便なりと云ふ一事に帰せり。
(中略)
而して此道路を開くには、人民の土地を没収し、人民に負役を課せざる可ならず、其困難は警務部長が机上に鉛筆を弄して、直線道路を書くの比に非ざるなり。然れども斯の如き人民の怨嗟は毫も上に達せられず、且又人民の為に苦痛を訴えんとする新聞紙もなし。是に於てか警務部長は軍隊的に其成績を報告して曰く、大田より公州に向ひて直線道路を開く、一路坦々軍隊の通過に対しては、別して便利を興ふと。総督は遂に此れ以上の報告を得る能はず。
大田にて憲兵専制の実例を目撃せし余は、世人の憲兵に対する怨嗟の、決して偶然ならざるを感じたり。然れども更に南下して江景に到り、諸種の事情を見聞するに及びて、余が曩に(さきに)大田にて目撃せしが如き事例は、此地方一円に行はるる尋常茶飯事なるを知り、喫驚禁ずる能はざるに至れり。
(中略)
且又同地方を巡覧して憲兵の施設を見れば人民が憲兵に対して積怨を抱くの、決して無理ならざるを首肯し得べきものあり。曩に(さきに)大田に於て示せし例の如く、憲兵が机上にて計画せし道路を目し俗に鉛筆道路と言ふ、鉛筆道路は鮮地内随所に之を発見し得べし。憲兵の之が開設を命ずるや、頗る厳格にして、先ず任意に道路の経由すべき地域を決定し、人民に命じて其土地を寄付せしむ、而して後愈々工事に取懸かるや、再び命令を発して負役を募るなり。 百姓は自己の田地を没収せられ、剰へ自己の労力を提供して、自己の田地を潰すを怨めども、如何せん官憲の命ならば、之を拒むに由なきなり。中に最も可憐なるは、一日一食をすら難しとする鮮人が、弁当を携帯して、終日無賃にて駆使せらるるの一事なり。彼等の或者は三里、五里、十里の遠方より召集せられたる有り、固より極貧の民ならば労役に出でたりとて宿屋に泊る資力なく、終日爪を囓りて労役したる後、夜は果敢なき露宿の夢を結ばざる可からざるなり。嗚呼斯くの如き細民の苦痛何の機関によりてか、之を仁者に訴へんや(P-52〜55)
こうした圧政に対する人民の怒りは、1919年の3.1独立運動の機運の一つとなった。これを、朝鮮人民を弾圧していた「朝鮮憲兵隊司令部」自身が指摘している。
㊙ 大正八年 朝鮮騒擾事件状況
大正八年六月憲兵隊長警務部長会議席上報告、朝鮮憲兵隊司令部
(昭和44年9月20日発行復刻版・極東研究所出版会)
【忠清南道】 九.鮮人間に唱へらるる不平及希望(P-394)
1.日韓併合を今尚不平とし韓国の復讐を希望するもの
2.賦役の多きを非難するもの
【全羅北道】 一.不平(P-396)
17.夫役賦課に対し其の負担大なること、出役に際し甚しく酷遇すること、殊に近年労銀高騰の際の夫役は苦痛とする所なりと言ふ者多し
【慶尚北道】 (P-404)
五.道路修繕に要する賦役は古来の慣習なるも往時は居住地の附近に於て少数日の賦役に過ぎさりしに、新政に於ては遠隔の地に長時日に亘り賦役を課せらるる如きは苦痛に堪えず、往々農繁期を顧慮せられざるは殊に然りとす
六.道路改修に際し無断にて田畓を道路敷に使用したる後寄付を強制せらるるは不条理なり、殊に小作農の田畓を無償収用せられ貧民の家屋を毀壊せらるるが如きは、人民を窮境に陥らしむること著大なり(倭館張吉相の如きは慶尚南北道に於て道路に収用せられたる田畓三百八十斗落にして悉く事後承諾を強ひられたりと云ふ)。又寄附したる田畓に対し数年に亘り課税せらるることあり
【慶尚南道】 一.不平事項 (P-412)
10.國力に副はざる急激の施設を為すため夫役の使用甚だしく現下朝鮮の状況は貧富の懸隔甚だしく、夫役に出るものは多く貧困者にして其の日の生活費を需むるに急なるものにして夫役代納金を納むる余力なきものなることは勿論なり、而して此の夫役は年中を通すれば数十日の日数となり細民は益々生活難に追はるるに至る
【咸鏡南道】 二.希望 (P-428)
6.近来賦役を課せらるること多し、今少しく其の度数を減せられたし