2018年10月30日、大韓民国の大法院が新日鉄住金に対し、強制連行被害者4名の原告へ一人当たり約1000万円の損害賠償を支払うように命じた。この判決に対する日本政府と与党自民党の反応は実に奇怪だ。
判決当日、河野太郎外相は外務省に韓国の駐日大使を呼びつけ抗議した。翌日の自民党本部での会議では中曽根弘文参議院議員が「(韓国は)国家としての体をなしていない」と述べたという。
日本政府と与党は、1965年の日韓請求権協定にて賠償問題は解決済みであり、如何なる請求も認めない・・・という立場を固持したいようだが・・・それはともかく、これらの反応には唖然とする。
この件は、韓国政府が日本政府に対して改めて戦争被害者への賠償を求めたわけではない。韓国の法廷でこのような判決が出た、ということだ。韓国の裁判所の判断は、韓国政府の政策・見解とは全く別のものだ。韓国政府にも手出しができない(当たり前だ)。
しかし日本政府は・・・これを韓国政府に対して抗議しているのである。それこそ政治屋どもがソウルに渡って裁判所の前でアジテーションするなら(笑)理解できるが。お門違いもいいところだ。「国家としての体をなしていない」のはどちらだろうか。
そもそもこの判決内容に奇異の目を向けるのはどういうものか。戦後補償裁判は、日韓請求権協定にて個人の請求権も失われているか否かが大きな論点であり、この大法院判決は個人の請求権を認めたということだ。
前述のように日韓両政府は請求権協定の交渉の際に、個人の請求権も含めて全て解決済みとする、との合意が成立していたようだが、これは日韓交渉の結論であり、司法を左右するものではない。
かつて日本の国会でも、日韓請求権協定は個人の請求権を失わせるものではない・・・という答弁があったことを忘れてはならない。
平成3年(1991年)8月27日、参議院予算委員会で政府委員より次のような答弁があった。このPDFの10ページ。
政府委員(柳井俊二君) ただいまアジア局長から御答弁申し上げたことに尽きると思いますけれども、あえて私の方から若干補足させていただきますと、先生御承知のとおり、いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。
その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。
なお「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」も「すべての請求権を、相互に、放棄する。」と明記されているが、やはり日本政府は個人の請求権を放棄したものではないとの見解を示していた。以下は国会会議録検索システムより。(平成3年3月26日 参議院内閣委員会3号 発言順:162)
説明員(高島有終君) 私ども繰り返し申し上げております点は、日ソ共同宣言第六項におきます請求権の放棄という点は、国家自身の請求権及び国家が自動的に持っておると考えられております外交保護権の放棄ということでございます。したがいまして、御指摘のように我が国国民個人からソ連またはその国民に対する請求権までも放棄したものではないというふうに考えております。
■ また安倍は11月1日の国会で「原告は徴用工ではない」、と述べた。戦時中の朝鮮半島での動員は「自由募集」「官斡旋」「徴用」の三つの形態があり、この訴訟の原告は「徴用」されたわけではなく募集に応じて就労したのだ・・・と。意外と詳しいねえ。取り巻きに入れ知恵されたのかな?
そして11月9日には日本政府が「原告らの呼称を『朝鮮半島出身労働者』に統一する」と宣言した。募集に応じた労働者を就労させただけだから、企業や日本政府が咎められる筋合いはない、と言いたいのだろう。徴用⇒強制連行⇒奴隷狩り・・・という印象(というか実相だが)を嫌っているようだが、本質を隠そうとする姑息な言い換えだ。
そもそも・・・アジア・太平洋戦争に於ける日帝の朝鮮人強制連行政策は、「自由募集」「官斡旋」「徴用」の三段階を経て激化したわけだが、「自由募集」「官斡旋」の段階でも強制的な動員・・・いわば拉致監禁、奴隷狩り的な手段もあった(参考)。
それに、本人の同意の上で就労したケースなら、日帝による戦争犯罪だと捉えるべきではない・・・とは言えないだろう。この訴訟の原告の李春植さんは募集に応じて渡航したそうだが、まさか1日に12時間も危険な重労働を強いられるとは思わなかっただろう。募集の際の条件と、賃金や待遇が大幅に異なる。劣悪な環境下で、暴力も受ける。帰国も許されない・・・というケースが多かったようだ。
日本企業と契約して来日した朝鮮人労働者に対し日本政府が、契約期間が満了しても帰国せずに働き続けるよう促していたこともある(参考)。
また、来日して軍需工場で働いていた朝鮮人労働者は、新設の「軍需会社法」によって「徴用」扱いされることになり、帰国を許可されなかった(参考)。こんな馬鹿なことが許されるのか。実質的な強制連行に他ならない。
このような強制連行の事実を日本政府もメディアも一切無視し、韓国憎しのキャンペーンを繰り広げている。そして日本帝国主義による人権蹂躙、労働者への搾取は今も続いている。
(つづく)
※ 参考:
◇ 新日鉄住金徴用工事件再上告審判決
◇ <韓国、徴用工判決>握手もしなかった河野外相、駐日大使発言時には日本取材陣は退場
◇ 「国家としての体をなしていない」徴用工判決で実質“日韓断交”も 政府高官「韓国は前近代的な情治国家」 (1-3ページ) - zakzak
◇ 徴用工訴訟 自民党合同会議が決議へ 日韓請求権協定に基づく仲裁委員会設置を韓国に要求 - 産経ニュース
◇ 新日鉄住金 12年の株主総会で韓国判決の受け入れ表明 聯合ニュース
◇ 安倍首相「原告は徴用工ではない」「国際裁判も視野に対応」
◇ 「労働者」に呼び方統一 元徴用工判決で政府
◇ 「徴用工」でなく「労働者」=政府、強制イメージ回避:時事ドットコム
◇ 安倍首相が「徴用工でなく労働者」と言い換えを命じても強制労働の歴史は消せない! 麻生家の炭鉱は「朝鮮人地獄」と…|LITERA/リテラ
◇ 元徴用工の「個人請求権」なぜ残る 弁護士ら声明で指摘:朝日新聞デジタル