2005年11月30日

韓国、旧麻生鉱業の資料提出要求 徴用朝鮮人遺骨協議

さっさと出せやボケ。

韓国、旧麻生鉱業の資料提出要求 徴用朝鮮人遺骨協議
2005年11月29日09時29分

 戦時中などに日本企業に徴用・雇用されて死亡した朝鮮半島出身者の遺骨の収集や返還をめぐる第3回日韓当局者協議が28日、ソウルであり、関係者によると韓国側は、1万人を超える徴用をした旧麻生鉱業(福岡県)の関係資料がこれまで出ていないとして、資料の提出を求めた。同鉱業は麻生外相の父、故太賀吉・元衆院議員が経営していた。

 交渉窓口の外務省のトップに強制動員の企業経営者の系譜を引く麻生氏が就いたにもかかわらず、調査が進まないことへの不満の表れとみられる。日本側が次回協議までに何らかの回答をすることになった。

 麻生外相自身も同鉱業の後身の麻生セメント社長を務めた。日本の旧労働省や福岡県の資料によると、植民地当時、全国最多の1万623人が鉱山に徴用され、多数の死亡者が出ている。

 日本側は9月の前回協議で、全国で868人分の遺骨が確認できたことを韓国側に伝えたが、韓国側は被害申告に比べて件数が少ないとして追加調査を希望していた。

 一方、韓国外交通商省は28日、麻生外相が26日に「靖国神社の話をするのは世界中で中国と韓国だけ」などと発言したことに対し、「誤った歴史認識に基づいており、靖国神社参拝に近隣国と国際社会が示してきた深い憂慮に耳を傾けない無分別な振る舞いだ」とする論評を出した。


強制連行された朝鮮人を酷使していた経営者一族の出身者が、議員になってみたら「創氏改名は朝鮮人が望んだ」とかアフォなことをほざくとは、実に分かりやすい構図?だね。だいたいあんなのに投票する奴の気が知れねえな。しかし「強制連行」という分かりやすい言葉を避ける朝日にも困ったもんだ。

この「強制連行」というカテゴリーをご覧になるにあたって、以下のページも参考にして頂ければ幸いです。
・公的資料に見る朝鮮人強制連行の実態
・強制連行された朝鮮人の逃亡

(ついでにこちらの過去ログも)三菱重工で働かされた朝鮮人への賠償を命じる判決――――「徴用」という名目の拉致
posted by 鷹嘴 at 00:16| Comment(1) | TrackBack(2) | 強制連行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
韓国皇帝の勅諭
皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、

維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、

由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。

中夜憂慮善後の策茫然たり。

此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。

寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、

茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、

外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。

惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。

爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日

御璽


<#`д´>「親日派の李完用が勝手に国を売り渡したニダ!」

というどころか、韓国皇帝自ら統治権を譲与してたんですねぇ。

【昭和34年7月13日朝日新聞】

大半、自由意志で居住--外務省、在日朝鮮人で発表--戦時徴用は245人

在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要に なったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。
これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、そのうち戦時中に徴用労働者として日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。主な内容は次の通り。

一、戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。増加した百万人のうち七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令によるものはごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関--釜山間の運航が止るまでのわずか七ヶ月間であった。

一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配給、個別引き上げで合計百四十万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、連 合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち七十五%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労働者としてきた者は二百四十五人に過ぎず、現在日本に居住している者は、犯罪者を除き、自由意志によって残留した者である。



Posted by kooroo at 2006年01月11日 19:29
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

麻生太郎批判
Excerpt: 総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間..
Weblog: 勝手に評論する日記。
Tracked: 2005-11-30 16:35

【朝鮮半島出身者の遺骨問題】 朝鮮新報が集計、報告
Excerpt: 日本による植民地支配下で強制連行などで日本に渡り、炭鉱や軍需工場などの労働現場で犠牲となったが、本国に送還も、遺族に連絡もされず各地に放り出されている遺骨がある。その総数は7000以上。日本政府は8月..
Weblog: 極東非公式条約機構
Tracked: 2005-12-13 10:16