2007年11月04日

強制連行されて被曝した韓国人への国家賠償が確定

強制連行されて広島で働かされていたときに原爆で被曝し、戦後帰国した韓国人には被爆者としての援護が行われていなかったが、この不当な扱いに対し、被害者らに4800万円の賠償を命じる判決が2005年1月、広島高裁で下された。
国は上告していたが、今月1日、最高裁第一小法廷でこの判決が確定した。全く当然のことである。
しかし被害者への賃金支払い要求の棄却も確定した。原告らは2日に三菱重工本社を訪れ、賃金支払いを改めて求めた。働かせた分は金を払うのは当然のことだと思うのだが、戦争に負けたことを理由で拒否できるとはなんとも都合がよろしいですなあ。

◆在外被爆者除外した国の通達は「違法」 最高裁判決 (魚拓取り忘れ!)
◆韓国人元徴用工訴訟 在外被爆者 初の国賠確定 最高裁上告棄却 「国の通達違法」 (魚拓)
◆深いしわ 勝訴に笑み少なく '07/11/2  (魚拓)
◆「賠償、賃金支払いを」 原告、三菱重工へ申し入れ '07/11/2  (魚拓)
◆被爆元徴用工 国賠償確定大きな意義 '07/11/3 (魚拓)
◆コラム社説2007年11月04日(日)付 愛媛新聞
韓国人元徴用工訴訟 在外被爆者初の国賠確定が重い
 (魚拓)

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2006年08月07日

【日韓政府、朝鮮人遺骨問題で初の実地調査 福岡で開始】

えーと、これは日本と大韓民国が共同作業を始めたということだが、戦前の日本が朝鮮人を強制連行したのは半島の南側だけではない。
最悪の拉致国家だった日本の悪行の実態を明らかにするためにも、速やかに日朝国交正常化するべきなんだけどね。もう61年も経っている。いつまでも甘えは許されないよ。続きを読む
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2006年07月02日

【日韓共同で7月に調査 植民地時代の遺骨処理】

奴隷狩りして、なぶり殺して、こっそり埋めて、60年も放っておいたので1669人分しか見つからない・・・という国に私たちは住んでいます。続きを読む
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2006年05月26日

【戦時中の朝鮮人死亡情報、北海道・福岡で3000人超】

奴隷狩りして、殺して、テキトーに埋めて、その後60年知らんぷりだったわけね。続きを読む
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2006年02月23日

【韓国、徴用被害者に「補償」へ 死亡・負傷10万人対象】

日本に責任があることなのに韓国が肩代わりするって。日本人として恥ずかしいねえ。

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2006年02月21日

【日本政府が強制徴用前にも人力管理に介入】

このニュースは昨日の朝日夕刊にも掲載された(例によってアサヒ・コムでは見つかんなかった)。
朝鮮総督府から「産業戦士諸君」に宛てた、日本語にハングル語のルビ?を打った読みづらい手紙で、「諸君は兵隊と一緒に戦をしているという心構えで一層まじめに働くことを祈っております」などと檄を飛ばしている。
また契約が満了になっても「どうしても帰らなければならない特別の事情のない限り再契約して引き続き働く決心をしていただきたい。今の仕事を続けることが立派な皇国臣民」と書いている。事実上の期間延長の強制に他ならない。労働契約なんぞではなく奴隷的拘束であったことがよく分かる。

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2005年12月23日

【朝鮮人遺骨調査】日本側のお粗末な対応

12/20朝日「窓 論説委員室から 北朝鮮の人権」より部分引用。
朝鮮民主主義人民共和国の人権問題を抗議した国連決議について)決議に強制力があるわけではない。採決でも賛成88に反対21、棄権60と割れた。といって、北朝鮮の人権をめぐる総会初の意思表示を北朝鮮に無視されては困る。
総会議場で北朝鮮の代表は『第二次世界大戦の戦争犯罪国家で、20世紀の人道に対する罪を清算していない』と日本を非難した。日本の植民地にされていた時代の徴用などを拉致として『未解決だ』と述べた。
確かに、戦後60年もたつのに、日本は北朝鮮との間で植民地支配の清算をまだしていない。その道筋は、小泉首相の訪朝による日朝平壌宣言に描かれている。
それを実行に移す努力は、北朝鮮にも求められる。人権批判を日本非難で切り返すのは、総会で日本代表も反論した通り、「非建設的だ」。

いつのまにか「強制連行」という言葉を用いなくなってしまった朝日の反動ぶり(笑)には情けなくなるが・・・たしかに、日本人拉致などの非難への対抗として、日本がかつて朝鮮人に対して大規模に行なっていた「拉致」を持ち出すべきではないだろう。
朝鮮政府は、日本人拉致問題の不明な部分を少しでも明らかにするべきだろう。しかし、そのために日本政府は、横田めぐみさんの遺骨であるとして渡された骨を偽物と決め付けずに、信頼できる機関にて再調査を行なわなくてはならない。また速やかに日朝国交正常化を行い、朝鮮への経済協力を行わなくてはならない。同時に拉致被害者の家族や「救う会」のような狂信的煽動集団、それに同調する政治家などによる、朝鮮への経済制裁を要求する発言を退けなければならない。

一方、戦時中に日本が行っていた「拉致」の実態について、少しでも明らかにしなければならない。日本で病死・事故死、あるいは虐待されて殺された彼らの遺骨について全力で調査し、早急に韓国と朝鮮に返還しなくてはならない。
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2005年12月07日

朝鮮人遺骨調査で情報見落とし 東京都、再調査へ

朝鮮人遺骨調査で情報見落とし 東京都、再調査へ
2005年12月05日19時04分


 東京都が、太平洋戦争前後に亡くなった朝鮮人の遺骨返還に向けた調査を進めている政府に対し、都慰霊堂に遺骨を保管している朝鮮名の空襲犠牲者の情報を見落として「情報なし」と回答していたことが、わかった。都は調査漏れを認め、再調査する方針。

 政府は昨年末の盧武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領から小泉首相への要請をきっかけに、企業や地方自治体などに遺骨調査への協力を求めた。都福祉保健局によると、今年6月に政府の文書が都に届き、墓地埋葬法などを担当する同局に回された。同局は区市町村の担当部署に照会したが、情報は得られなかったとしていた。

 ところが、市民団体の「朝鮮人強制連行真相調査団」が11月、「東京都慰霊堂戦災者遺骨名簿」を調べた結果、朝鮮人とみられる名前が約20人分、創氏改名で付けられたとみられる名前が約30人分あった。

 都建設局によると、44〜45年の空襲犠牲者のうち、名前が分かるのに遺族が見つからない約3700人の遺骨を、墨田区の慰霊堂に一人ずつ安置し、遺骨を捜す遺族のために名簿を備えている。しかし、同局には調査の情報が伝わっていなかったという。

 調査団が韓国政府が公表した徴用工らの名簿と照合したところ、少なくとも4人の名前が一致した。福祉保健局は「局としては最大限やったつもりだが、正直言って、どうやって調べたらいいか政府に聞いても分からなかった。結果としてもっと調べる余地があった。改めて幅広く調査する」としている。


・・・戦前の恐るべき弾圧機関だった特高警察の秘密資料「特高月報」には、朝鮮人の「特異言動」のピックアップもあるが、そこには、

「豊川相翼
「香村嘉得
「松島柄薫
「金澤学基
「高木桂南
「金本煕鳳
「新井紹元
「武田陽洙
「印村光元
「丹山柄朝

などの、苗字は日本風だが名前は朝鮮風の人物が多く登場する(昭和十六年九月 朝鮮人運動の状況)。
1940年に行われた「創氏改名」制度によって、「氏」の届出が事実上強制され、約8割の朝鮮人が日本風の「氏」を名乗らせられた。しかし「名」まで日本風に変更したのは10%以下だった。その為苗字は日本風、名は朝鮮風というちぐはぐな氏名が出来上がったのである。「創氏」を行った朝鮮人であることは一目瞭然である。
「結果としてもっと調べる余地があった」つーか、ぶっちゃけ何も調べてなかったと思われ。

この「強制連行」というカテゴリーをご覧になるにあたって、以下のページも参考にして頂ければ幸いです。
・公的資料に見る朝鮮人強制連行の実態
・強制連行された朝鮮人の逃亡

(ついでにこちらの過去ログも)三菱重工で働かされた朝鮮人への賠償を命じる判決――――「徴用」という名目の拉致
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2005年11月30日

2005年10月03日

遺骨、全国に868人分 朝鮮人徴用問題で初の調査

ちょっと前のニュースだけどさ、

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posted by 鷹嘴 at 22:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 強制連行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月01日

花岡事件から60年、生存者「政府は謝罪と賠償を」

花岡事件から60年、生存者「政府は謝罪と賠償を」
2005年06月29日17時20分

 太平洋戦争末期の45年6月30日、秋田県の花岡鉱山で働かされていた中国人労働者約800人が、虐待に耐えかねて決起、100人以上が殺された。それから60年。生存者の一人、李鉄垂さん(82)らが来日し、29日、首相官邸に杉浦官房副長官を訪ねた。「花岡事件」の生存者が政府の要人と面会するのは初めて。李さんらは「日本政府は歴史の事実と向き合い、謝罪と賠償を」と要請した。
 河北省の貧しい農村に生まれた。20歳で中国共産党軍の八路軍に参加。44年4月に日本軍の捕虜となり、拷問を受けたあと、北京、青島経由で花岡鉱山に送られた。
 「毎食、まんじゅうとおかゆだけで下痢をしながら土木工事をさせられた。ノルマに達しないとこん棒で殴られた。冬は寒く、着物の下にセメントの袋を巻き付けたら、裸で1時間以上も山の上に放置された」という。
 45年6月のある夜、点呼のときに裏山で野草を食べていたのを見つかった同僚が、監督の補導員から焼けた鉄の棒を押し当てられるのを見た李さんらは、集団逃亡を決意する。
 6月30日、決起して森に逃げたが、日本軍と警察、住民に囲まれて捕まった。このとき、銃弾の破片が李さんの左ほおにめり込んだ。花岡派出所では右親指とツメの間に竹串を差し込まれたり、宙づりにされて殴られたりの拷問を受けたという。傷跡は今も残る。
 花岡鉱山に連行された中国人は約980人。46年1月までの死者は418人にのぼった。中国に帰国できて現在も生存が確認されているのは李さんら二十数人という。
 生存者や遺族は95年、使役企業だった鹿島(旧鹿島組)に賠償を求めて提訴。一審は敗訴したが、00年、高裁で鹿島側が責任を認めて中国紅十字会(赤十字会)に5億円を信託し、関係者の生活支援や追悼にあてるという和解が成立した。
 「政府との交渉がやっと始まった」と李さん。病気で来られなかった生存者の父の代理として来日した蒋光礼さん(54)は「連行も虐待・虐殺も、日本政府と軍、企業が一体となってやったこと。政府が何もしないというのはずるい」という。
 面会は被害者の救済に取り組んできた田中宏・龍谷大教授や土井たか子・衆院議員の仲介で実現した。李さんらは30日、事件のあった同県大館市(旧花岡町)での慰霊式典に参加する。


花岡事件の遺族が証言/大館でフォーラム
 父が目の前で捕らえられ、遺灰となって中国に帰るまで、日本の花岡に連行されたことは分からなかった――花岡事件の犠牲者の遺族、張東さん(68)が29日、大館市内で開いた中国人強制連行などを考えるフォーラム(現地実行委員会主催)で証言をした。事件から60年目の30日には、大館市と中国・北京で同時に追悼式典が開かれる。
 証言によると、農民の父と母、9歳の兄、6歳の張さん、3歳と1歳の妹の6人家族は、中国河北省で暮らしていた。
 その日、畑に水を引く水車を父が回し、張さんは水を見ていた。川で八路軍の遊撃隊が何人か休憩し、体を洗っていた。
 木陰の辺りに日本兵が見えた。近くにいた叔父に伝えたが、張さんがまだ幼かったため本気にしてもらえなかった。
 日本兵は、八路軍の兵士に加え、父や叔父、もう1人の村人も捕らえ、縛った。銃剣の先で腰のあたりを突かれ、血が出ていた。母や村人が駆けつけ、「3人はただの農民だ」とひざまずいて訴えたが、聞き入れてもらえず、2人ずつ腕を縛られ、連行された。
 唯一の働き手を失った一家の悲惨な暮らしが始まった。父が強制収容所にいることが分かり、母は土地を売って、救い出そうと奔走した。その母も病に倒れて、貧しさが募った。村人の施しで生きながらえる日々。暖をとるまきも買えず、末の妹は餓死した。
 戦後、強制連行された村人が遺灰とともに帰ってきて、父が日本で死んだことを知った。食べ物も着る物もない中、厳しい労働に疲れ果てて死んだ、と聞かされた。
 「その後も生活は苦しく、学校に行く機会がなく、読み書きはできない。うまく話せたかどうか分からないが、花岡という言葉を聞くと怒りや憎悪を感じた」と張さんは言う。
 でも、最近、心境が少し変化したという。
 「市民が毎年、中国の犠牲者のための慰霊祭を開いていることを初めて知って感動した。花岡事件という悲惨な歴史を忘れずに、両地の人が仲良くやっていけることを心から願う」
 生存者や遺族の代表は29日、日本政府に謝罪と補償を求める署名簿を首相官邸で提出した。張さんも3千人以上の署名を集めた。村の小さな店に署名簿を置き、客や通りかかる人、一人ひとりに事件や要求を説明し、集めたものだ。
 30日にある北京の式典には、生存者や遺族ら200人が出席し、NPO花岡平和記念会のメンバーら5人が訪れる。大館市内で開かれる式典の様子がインターネットで中継される予定だ。 (6/30)


これが中国人強制連行のほんの一端である。日本人は恥を知るべきだな。
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2005年05月21日

遺骨調査、全国の寺院に要請 徴用朝鮮人、政府が方針

強制連行された朝鮮人の遺骨調査について、続報。日本がどれだけ朝鮮人の命を軽く扱い、遺骨をゴミ扱いしてきたのかよくわかります。

遺骨調査、全国の寺院に要請 徴用朝鮮人、政府が方針
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2005年05月17日

朝鮮人徴用、406社分確認 民間調査団体が名簿分析

昨日の夕刊によると、強制連行された朝鮮人を働かせていた企業の名前を調べていたら、なんと406社も見つかったとのこと。
是非とも、各企業がどのように朝鮮人を虐待し、どのように虐殺し、どのように遺体を隠したまで明らかにして、ネット上で公開して欲しいものである。

そのニュース
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2005年05月06日

2005年01月28日

三菱重工で働かされた朝鮮人への賠償を命じる判決――――「徴用」という名目の拉致

この裁判については三菱広島元徴用工被爆者裁判を支援する会を参照のこと。

2005年01月19日(水)
国に4800万円の賠償命じる逆転判決 元徴用工訴訟
 太平洋戦争中に強制的に連行され、広島で被爆した韓国人の元徴用工40人(うち19人は死亡)が、国と三菱重工業(東京)などに慰謝料や未払い賃金など計4億4000万円の支払いを求めた訴訟の控訴審判決が19日午後、広島高裁であった。西島幸夫裁判長は請求を退けた一審判決を変更し、国に総額4800万円の賠償を命じる逆転判決を言い渡した。三菱重工業への請求は認めなかった。
 判決理由で西島裁判長は、「家族への脅迫などで広島に連行されたのは違法で、国の責任は免れない」と指摘した。
訴えなどによると、原告らは、戦局の悪化による日本国内の労働力不足を補うため、国民徴用令に基づいて44年秋に朝鮮半島から連行された。当時の三菱重工業広島機械製作所などで働かされ、45年8月に全員が被爆した。過酷な労働を強いられたうえ賃金の一部が支払われず、国も十分な支援措置をとらなかった、などと主張している。
 一審の広島地裁は99年3月、旧憲法下では国は個人の損害への賠償責任を負わないとする「国家無答責」を適用して国への請求を棄却。未払い賃金などについても民法上の時効が成立しているとして三菱重工業への請求も退けたため、40人が控訴していた。
 控訴審で、原告は「国家無答責の適用は正義公平の原則に反する」と主張。未払い賃金についても「被告側が時効の援用を主張するのは権利の乱用にあたる」と反論していた。

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posted by 鷹嘴 at 02:28| Comment(5) | TrackBack(0) | 強制連行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする